【RIDERS CLUB 500号記念コラムvol.9】 シングルで新しい趣味性を訴えたヤマハ
当のヤマハも’85年にSRX400/600(’85年5月号)で、SRのクラシカルな路線とは別のモダンでセンシティブなスポーツ性をアピールしました。軽快なのに安定感があって、2スト250のレプリカ系に乗ってきたライダーでも納得の、醍醐味あるコーナリングが好評でした。続くモノサスとして全体をリファインした2代目SRX400/600(’90年4月6日号)は、250/400レプリカを寄せ付けないレベルのハンドリングで、その完成度の高さは並大抵ではありませんでした。
SRXがデビューした同じ時期に、ホンダが遂にこのシングルスポーツへ参入してきました。GB400/500(‘85年9月号)はTTのネーミングを加えた、ヤマハSRと違ってまさにクラブマン・レーサーをイメージしたトラディショナル・デザインという明確さがありました。このイメージをつけ過ぎたところが好まれなかったのか、定評あるホンダのビッグシングルを活かしたダイナミックな走りは感銘モノだったのですが、残念ながら多くのファンを獲得するには至りませんでした。
それぞれの個性を楽しませてくれたNewシングルたち
このシングルの魅力をアピールしてきたのはヤマハだけではありません。ジレラ・サトゥルノ500/350(’88年4月号)と聞いて、オオッと思われる方は相当なマニアでしょう。イタリア製水冷DOHCビッグシングルは、日本の潮流に反応していわば専用モデルに近いアプローチでした。ボーイズレーサーを直感させる若いデザインも爽やかで、大いに期待されたファンも多かったはず。残念ながら継続されずに広く知られることなく消えていきました。
また同時期に、これとは好対照のオトナ向けを意識させたエグリ・ターゲット TypeJ(’84年4月号)も忘れられません。その斬新なデザインもさることながら、パワフルなホンダのビッグシングルを、まだ普及すらしていないラジアル・タイヤでさらに走りの可能性を高めた、いま乗ってもおそらく感動する出来栄えでした。高価なため一般には手が届かず終いでこちらも消滅してしまいました。
そういう儚い運命がシングルなのか、’90年代に入って噂され続けていたドゥカティのスーパーモノ(’94年12月号)は、何とスーパーバイクの水冷Lツインから後ろバンクのシリンダーを取り去ったエンジンで、結局レーサーだけで市販はさませんでしたが、試乗したときの類をみない低重心感覚の安定感は、ファンに乗ってもらいたい気持ちでいっぱいにさせる素晴らしいものでした。同じくイタリアのビモータが開発したBB1スーパーモノ(’94年12月号/’95年4月号)は、BMWシングルを搭載し量産まで漕ぎ着け一部のファンにまでは届けられたのですが、同社の経営問題でこれも途切れてしまっています。
そして忘れてならないのが、スズキのグース350(’92年2月7日号)。それまで消えていったヨーロッパ勢を引き継ぐかのような、カジュアルでスポーツ感溢れるスタイリッシュなデザインは日本車の次元を越えた新鮮さに満ちていました。そんな勢いからか、ホンダもSUPER MONO 644(’96 年1月号)を東京モータショーに展示、実物をスタジオ撮影させてもらったのでぜひご覧頂きたいのですが、我々も大きな期待をよせていました。しかしは実現せず、スズキのグースも長続きはせず……ヤマハSRだけが生き残っているのは、ファンの絶対数が少ないからでしょうか。どのシングル・スポーツも、乗れば楽しさでいっぱいの傑作車揃いだっただけに、いまでも復活しないか期待する心は消えていません。
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