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元MotoGPライダー中野真矢が本音で語る『Talking Grid』Moto2を走る日本製の車体NTS

Moto2を走る、日本製の車体 NTS RW Racing GPのマシンを作るのは福島の金属加工会社、NTSだ 同社社長の生田目將弘さんは元ライダー中野さんと熱いトークが繰り広げられた エヌ・ティー・エス 代表取締役社長 生田目將弘さん(Masahiro Namatame) 航空宇宙、自動車関連、船舶、医療業界などの高精度な金属部品加工に取り組むNTSの社長であり、Moto2 チームNTSRW Racing GPの共同オーナーであり、同チームのマシンの車体開発者でもある。ライダーとしてレース参戦経験もある

モト2参戦は神さまがくれたチャンスだった 本音で語る。とことん語る。中野真矢Talking Grid

中野 モトGP・モト2クラスに共同チームオーナーとして参戦し、車体ビルダーでもある生田目さんですが、参戦の経緯を教えてください。 生田目 少し長い話になってしまいますが……(笑)。私はもともとレースをしていたんですけど、ライダーとしては結果が出せなかった。苦い思い出です(笑)。数百万円もの借金をこしらえてレースから身を引いた時は、悔しくて専門誌を捨ててしまったぐらいです。一緒に戦った連中が活躍する姿を見たくなくてね……。 中野 レースを辞めて、お父さんが創業した生田目製作所で働かれたんですよね? 生田目 ええ、自宅兼工場だったんですが、イヤでしたねえ。忙しいし、油臭いし(笑)。でも、私が29歳の時に父が入院し、その間に母が亡くなったこともあり、後を継ぐしかなかったんです。 当初は4人で細々とやっていたんですが、「このままじゃダメだ」と、会社のあり方をすべて変えることにしたんです。取引先から何から全部変えて、メーカーの試作品を請け負うなどの業態に舵を切りました。 中野 さすが元ライダー、すごい勇気と行動力(笑)。試作の仕事には可能性があったんですか? 生田目 製造業は日本を支える基幹産業。試作業務は必ず残るだろう、とは思っていました。でもまあ、ハッキリ言って賭けですよ(笑)。 実績なんかないのに、新規営業に行って「コレできる?」と聞かれたら、胸を張って「はい、できます!」と答えていましたよ(笑)。 できると言ったからには、やればいいんです。やってしまえばウソにはなりませんからね(笑)。 おかげさまで会社の経営は軌道に乗ったんですが、どうしてもレースに関わりたい思いは捨てきれずに持っていたんです。そして12年に、もともと知り合いだったノリック(故・阿部典史さん)のお父さん、光雄さんに「バイクのフレーム作れる?」と聞かれたんです。 そりゃあ「はい、できます!」と答えますよね(笑)。そして当時全日本J-GP2に参戦していた野左根航汰くんのマシンのフレームを作ることになったんです。 [caption id="attachment_697737" align="alignnone" width="900"] Navigator:中野真矢
’77年、千葉県出身。ヤマハYZR250を駆り世界GP250ccクラス(現・Moto2の前身)に参戦し、500ccクラス、そしてMotoGPでも活躍した。「乗り手からすると、バイクを造る人たちは本当にすごい。リスペクトしています」[/caption] 例によって実績はなかったので、開発の初期段階はまっすぐ走ることすらままらなくて、「これは大変なことになったぞ」と(笑)。でもやっていくうちに形になっていった。 中野 野左根くんは、13年に生田目さんの作ったフレームのマシンでチャンピオン獲りましたもんね。 生田目 フレームがどれぐらいの貢献を果たしたのかはちょっと分かりませんが……(笑)。 でも、金属に関してはスペシャリストだという自負はあります。精度の高さには自信を持っていますし、どんな処理をすればどんな特性を持たせられるかなど、いろんなアイデアはあるんです。 中野 それでもいきなりチャンピオンマシンを支えるフレームを作っちゃうわけですから、持って生まれたセンスなんでしょうね……。 生田目 いえいえ、そんな。たくさんの方たちに支えていただいてのことですよ。 その後、16〜17年のCEV(CEVレプソルインターナショナル選手権。モトGPへの登竜門として多くの若手ライダーが参戦している)を経て、18年からモト2に参戦することになったんです。 これはもう、神さまがくれたチャンスだと思いましたね。それこそ実績なんかないし、どうなるかも分かりませんでしたが、「このチャンスには乗っからなくちゃ」と。 中野 どうですか? 世界の舞台で戦うっていうのは……。 生田目 いやあ、CEVでヨーロッパに打って出た時は大変なことばかりでしたが、モト2は素晴らしいことばかりですね! 中野さんはよくご存知だと思いますが、何しろ「世界」ですからね(笑)。 18年オーストリアGPのFP2では、ウチのチームのスティーブン・オデンダールとジョー・ロバーツが1-2のタイムだったんですよ。フリー走行とはいえ自分の会社名が世界のトップに記されるって、もうね、泣きます(笑)。 中野 モノ作りで世界を獲るって、ライダーとはまた違った喜びがあるんでしょうね。

閃いたものを形にして走らせるこんなに素敵なことはない(生田目)

[caption id="attachment_697738" align="alignnone" width="900"] 高精度な金属加工技術と優れた工作機械を駆使して製作されるNTS RW Racing GPのMoto2フレーム。生田目さん自らが作り、実際に今シーズン使われるものだ。Moto2はエンジンがトライアンフのワンメイク。車体作りが勝負の重要なキーとなる[/caption] 生田目 私たちの仕事は、クライアント企業の機密に関わるものが非常に多い。「これが私たちの製品です」と胸を張れる機会がほとんどないんです。でもレースは別。堂々と社名を掲げてアピールできる大切な場です。そこで世界一になるって、天にも昇る気持ちですよ。 中野 僕もグランプリの表彰台に立ったことがあるから分かります。中毒というか……やめられなくなりますよね(笑)。 生田目 まさにソレです(笑)。モト2参戦から、社内の空気がかなり変わったのもうれしかったですね。正直、それまでは厳しい目もありましたが(笑)、モト2に行くようになってからは社員の皆さんもチームTシャツを着てくれたり、横断幕で応援してくれるようになりました。「ああ、世界っていうのはこういうことか」と痛感しましたね。 中野 NTSは福島の企業で、生田目さんも東日本大震災で被災していらっしゃいます。やはり特別な思いはお持ちですか? 生田目 ええ、もちろんです。震災の後は風評被害にかなり苦しみました。原発事故の影響で、海外の人たちからは「来るな」という目で見られたりもしました。 でも、私にとっては大好きな生まれ故郷です。風評被害を吹き飛ばして、「福島は大丈夫だ」と世界に向かってアピールしていきたい。その思いはかなり強く持っています。 そのためにも、自分たちが参戦しているモト2をもっともっと知ってもらいたいと思っているんです。ほら、「知らない子には恋しない」と言うでしょう?(笑)自分たちも今以上の発信力を身に付けなければ、と思っています。 中野 生田目さんは「やらずに後悔するなら、やってみた方がいい」というお考えだそうですね。 生田目 やったことに失敗はないと思っているんです。もし「これは失敗だな……」と思ったなら、それは本気で取り組んでなかった証拠。全力でやったことなら、その時はうまく行かなかったとしても、後々絶対に生きてくるものですからね。 中野 経営者の端くれとして、勉強になります……。 生田目 なぁんて、カッコいいこと言っていますが、ひとりになったら「ああ……」と頭を抱えることもありますよ(笑)。レースは多くの人を巻き込む事業ですしね。 中野 それでもレースを続けるのはなぜですか? 生田目 好きだから! 自分で閃いたものが形になって、世界の舞台を走るんですよ? こんな素敵なことはありません。 でも、仕事に役立つ面も少なからずあるんです。就職面でのアピール力も付きましたし、会社の技術的な信頼度も上がっています。「世界で戦っているぐらいなら、こんなこともできるんじゃないですか?」と相談を受けることも増えました。 中野 その時はもちろん……。 生田目 「はい、できます!」と答えます(笑)。 [caption id="attachment_697739" align="alignnone" width="900"] 福島県石川郡石川町に今年2月に完成したNTSの新社屋は、生田目さんが主だったデザインをした。ここで作られたMoto2マシンが、世界に羽ばたいている。フレーム、スイングアームなどの金属部品のほか、カウルも生田目さんが製作している[/caption] [caption id="attachment_697731" align="alignnone" width="900"] 初代にあたる13年のNTSシャシー「YZW-N6」を始め、多くのマシンが同社の旧社屋などに保管してある。「自分にとってはどれもかわいい存在。カウルを留めるビスの1本まで大切です」と生田目さん。経営者であり、生粋のレース好き。どちらもハンドリングするバランス感覚の持ち主だ[/caption] ]]>

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