【自動クラッチ操作がもたらす未来|エンジニア視点から考察】オートマチックテクノロジーの進化と技術革新を紐解く

操作のオートマチック化を実現するために必要な技術、そしてその難しさを、二輪工学のスペシャリスト・辻井さんが解説。

昨年ヤマハからMT-09 Y-AMTが市販されました。私の知る限りその性能はとても好評です。
自動車ではトルクコンバータ式の4速オートマチックは’40年前後にはすでに市販されていました。そして今やスーパーカーまでオートマチックは当たり前の時代です。
一方、二輪はスクーターではオートマチックは一般的ですが、スポーツモデルではまだまだ少ないです。それは四輪とは異なる難しさがあったからと言えます。
今回は、私の目線ですが、二輪のオートマチックテクノロジーについて考察してみましょう。
基本制御の進化と難しさ
オートマチックに限らずですが、一般論として、PID制御が’00年前後ごろから一般的になり、二輪市販車にも電子制御にて実装されるようになったことが、転換点だったと私は実感しています。
PID制御とは、P「比例制御」、I「積分制御」、D「微分制御」の出力(ゲイン)を調整することですが、実は、技術的には電子制御も実用化されていない約100年前にメカニカルでも実現されています。
その方法はいろいろありますが、その一つに遠心式ガバナーがあります。二輪では遠心クラッチやウェイトローラーなどがその技術を応用していると言えます。とは言え、これは比例制御のみですが、機能としては発進・停止から最高速度まで全域をカバーでき、市販化され一般的になりました。

しかしこれは、電子制御的に言うと「制御マップが一つしかない」ようなもの。つまり、速度またはエンジン回転数に比例した変化にしか対応できず、ライダーが減速しようとしているのか、変速したいのかなどを判定し、それに適した制御はしていません。
この理由から、コミューターに用途を割り切ったスクーターには古くから採用されましたが、スポーツモデルにはあまり採用されませんでした。
四輪では電子制御の発展と共に、電子制御オートマチックは当たり前になりました。さらに高性能な小型マイコンの登場で、二輪にも実装されるようになったのです。


例えばホイールに付けられたセンサーの信号を微分することで、速度などに演算され、さらに2回微分で加速度に演算されます。スロットルポジションセンサーでは角加速度などでライダーのスロットルの開け方、IMUなどでは車両の姿勢変化の度合いを数値化でき、ライダーが今何をしたいのかを想定したきめ細かい制御が可能になりました。
’06年に登場したヤマハのYCCSや、’10年のホンダのDCTなど、高性能スポーツモデルでクラッチレバーレスとオートマチックが実現できたとも言えます。
センサーが進化してMEMSが登場
YCC-SはF1でもおなじみのセミオートマチックです。しかし減速時のみ自動でした。基本的にクラッチレバーを握りませんが、指で変速操作をする必要がありました。
前述の電子制御の進化もあり、クラッチ操作をコンピュータのプログラムが処理してくれるので、かなり複雑な操作が可能となり、発進・停止時はとても快適です。
ではなぜ加速時はオートマチック変速ではなかったのか?
それは当時テストライダーからは、フルバンク中に勝手にシフトアップすることが嫌われたからです。それに加えて、この頃の電子制御では、人間のシフトアップ操作と同等なスムーズさとタイミングが、まだ実現できていなかったことにも一因があると私は考えています。
そして’10年頃、MEMS(微小電子機械システム)が登場。これで電子制御の世界が一気に変わったと言っても過言ではありません。
センサーのデジタル化とでも言えばよいのでしょうか。センサーが小さく安価になっただけでなく、超高性能になりました。特に私が注目したいのはサンプリング周波数、つまり1秒間に何回センサーがデータを採取しているかです。
センサーが登場したころは約5Hz(1秒間に5回)程度でしたが、このころから100Hz(1秒間に100回)以上が普通になってきました。また、その通信を可能にしたのがCAN通信技術です。
その結果、DCTはスロットルの開け具合でシフトアップのタイミングやクラッチの絶妙なつなぎ方など、これまで不可能だった制御の最適化が可能になりました。
アナログ技術とデジタル技術が融合したE-Clutch
ホンダのE-クラッチは、ついにセミオートマチックが完成の域に近付いたとも言えます。DCTのようなオートマチックではありませんが、なんと10個以上のセンサーを搭載。サンプリング周波数も近年では1kHz(1秒間に1000回)以上も不可能ではありません(実際のサンプリング周波数は日進月歩のため非公開のようです)。
一般的な湿式多板クラッチの電子制御化が実現できたのは、アシスト&スリッパークラッチのおかげです。今や当たり前の装備ですが、このシンプルなメカニカル技術も見逃してはいけません。

この機構のお陰でアクチュエーターが小型化。さらにはクラッチ操作の緻密で繊細な制御を可能とする一助になっていると言え、正にアナログ技術とデジタル技術が融合した証とも言えます。
一方で、ホンダのDCTも成熟の域に達していて、特にUターンなどではデビュー当時のモデルに対して、最新版ではあきらかにスムーズに走行できるようになっています。
これらはセンサーの進化と、そのセンサーを駆使する技術開発の積み重ねにあると私は実感しています。
最新の適合技術で生まれたY-AMT
そして、遂に真打登場です。
これまでのさまざまな制御(デジタル)技術と機構(アナログ)技術を融合。つまり、一般的なクラッチ機構に、変速やクラッチ、スロットル操作用の各アクチュエーターと高性能センサー類、通信技術を融合したのです。
さらには、それらをハーモニーさせるかのような適合技術によって、二輪のオートマチックはデファクトスタンダードの域に達したとも言えます。
コンピュータやセンサー、通信技術の進化によって、とても複雑で緻密なセッティングが可能になったことにより、それらを適合させることができるようになったのです。

そして、その適合の組み合わせは何万、いや何億通りと言っていいかもしれません。もの凄い組み合わせのセッティングが可能になり、その中から走行中のその瞬間(車速やエンジン回転数ほかさまざまな条件下)における最適なセッティングを見つけ出すという、テストライダーと制御エンジニアの涙ぐましい努力と協働で完成したとも言えるのです。
Y-AMTは大幅な重量増加もないので、ベース車両の完成された車両運動特性、つまりハンドリングなどを阻害することなく、ライダーの意思通り自動で変速してくれる技術が上乗せされたと言えます。
未来の変速技術への期待
20年近く前になりますが、クイックシフターの変速技術などを研究開発中の車両に試乗させて頂いたことがあります。
研究中の技術であり、センサー類などもまだ開発途上だったためか、変速開始⇒回転数または負荷制御 ⇒ クラッチ操作制御 ⇒ 変速制御 ⇒ クラッチ制御 ⇒ 回転数または負荷制御 ⇒ 変速終了、という感じ。各制御が順番待ちしているような、まだまだ人が操作した方がスムーズで速いんですけど、という印象でした。
しかし今や、特にシフトダウンなどは、もはや私より上手に操作してくれるほどのレベルに達していて、実にスムーズでシームレスな操作が可能になっています。
このように、制御技術はまだまだ進化できる可能性があります。特に、同じ仕様でも制御がよりきめ細かくなり、マイナーチェンジ時には毎年のようにレベルがアップしていくものもあります。
今後はMTモードが無い、完全ATモードのみのロードスポーツモデルや、アドベンチャー系のオフ車も登場するかもしれません。
さらには、サーキットでもオートマチックでタイムアタックができるような時代が目の前にあるように感じます。私はそんな未来を期待したいです。