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KAWASAKI MIDDLE CLASS SPORT KAWASAKI MEGURO K3 郷愁をかき立てるバーチカルツイン

1920年代──。当時の最高性能を追求したメグロ時代に翻弄され姿を消したブランドが2020年代の今、メグロK3として蘇った ベースとなったのはカワサキW800。このバイクにはメグロのDNAを受け継いできた歴史的背景がある そのすべてを感じながら、中野真矢さんが水郷をゆく

悠々と、慈しむ。MEGURO K3で巡る水郷の二輪旅 KAWASAKI MEGURO K3

知らなかった愉悦が、ここに── KAWASAKI MEGURO K3

千葉・佐原は水郷の町として知られている。北総の小江戸とも呼ばれ、江戸情緒を残した土蔵造りの町屋が並び、落ち着きのある空間を織りなしている。歴史の背景を持つカワサキ・メグロK3がしっくりくる町だ。

「これ、新しいメグロですよね?」 中野真矢さんに声を掛けてきたのは、40代前後と思しき男性だ。腰袋には大工道具が収まっている。あちこち傷んだジーンズが似合う。 「カッコいいなぁ……。この辺りは、昔のメグロに乗っている人が多いんですよ。家の倉庫にこっそりしまってあるんです」と、屈託なく笑う。

話し相手が、かつてカワサキのモトGPマシンでレースを戦っていた中野さんとは気付いていないが、かえって会話が自然で清々しい。 その男性自身も、古いバイクを好んでいるそうだ。愛好家たちが集まるイベントの様子をさんざん楽しげに話した後、仕事仲間に呼ばれて去って行った。

この日、初めてメグロK3に乗った時、中野さんは驚きの声を上げた。 「なんですか、このエンジン。最高じゃないですか!」と大きな目をさらに丸くしたのだ。

「レースをやっていたこともあって、僕のバイクライフの中心にはスポーツバイクがあったんです。最近は仕事でいろんなカテゴリーのバイクに乗っていますけど、今回のメグロK3のようなクラシックバイクはほとんど経験がありません。ベースとなっているカワサキのW800にも乗ったことがないんですよ」

先入観がまったくない、クリアでフラットな眼差し。そしてレーシングライダーとしての圧倒的な経験値。それらを組み合わせながらメグロK3を走らせた時、中野さんはバーチカルツインエンジンの出来栄えに驚いたのだった。

「まず、エンジンをかけた瞬間のサウンドが心地いい。思ったよりも迫力があって、ドドドッという鼓動感が伝わってくるんです。マフラーが奏でるエキゾーストノートも『おっ、いい音してるな!』と一瞬で引き込まれました(笑)」

中野さんの発進は繊細だ。クラッチをていねいにつなぎ、絶妙なアクセルワークでそのエンジンの表情を探る。開け始めた瞬間、エンジンがどうライダーにコンタクトしてくるかを、厳しくチェックするのだ。

グランプリでは、深々とマシンを寝かせた限界域からアクセルを開ける。その瞬間に予期せぬ挙動が発生するようでは、安心して攻めることができない。 メグロK3はそのような激しいライディングをするバイクではないが、アクセルの開閉に対してどう反応するかは、エンジンの素性の中でももっとも大切な部分だ。

そしてメグロK3は、中野さんの厳しい目を大いに満足させた。 「ものすごくいいタメがありますね。アクセルワークに対して遅れがあるわけではないんですが、キャブレターのように自然で、人間の感覚に寄り添う絶妙なタメがあるんです。 メグロK3、フューエルインジェクションですよね? FIでここまでフィーリングを作り込むのは、本当にすごい! 今まで知らなかったのがもったいない(笑)」

水郷の柔らかい光景の中、中野さんはゆったりと、時に大きくアクセルを開けながら、慈しむようにメグロK3を走らせる。そして停車するたびに笑顔を浮かべる。

「角が取れていてまろやか。すごく高精度なエンジンという印象です。厚みを感じます。たぶんエンジンそ のものの剛性が高いんじゃないかな。内部で起きている爆発のひとつひとつが、ロスなくしっかりトラクションに変換されているように感じる。きちんと前に進む感じが、すごく気持ちいいんです」

メグロK3のベースとなっているW800は、目黒製作所が60年に発売したスタミナK1に端を発する。497㏄並列2気筒エンジン搭載のこのモデルは、主に白バイ用に開発され、最高の性能を追求していた。 その血脈は、紆余曲折を経ながらカワサキWシリーズへと引き継がれていくのだが、その時代ごとにメーカーの威信と生き残りを懸けて作り込まれたバイクだった。

「今回、改めて歴史を予習してきたんですが、こういう話を知るとワクワクしますよね。バイクに乗る時、バックグラウンドを知っているとより深くそのバイクを味わうことができると思うんです。 今でこそクラシックバイクというジャンルに分類されますが、メグロK3の源流はスポーティーなバイク。そのことを知れば、こういう優れたエンジンフィーリングを備えていることも納得できます。『なるほど!』という感じですね(笑)」

このバイクには、厚みがある KAWASAKI MEGURO K3

佐原の街並みを離れて足を運んだ霞ヶ浦の湖畔は、とても静かだった。聞こえてくるのは、釣り人が投げたルアーが着水する音ぐらいだ。放し飼いされている白犬が所在なげにうろうろしていて、令和だということを忘れそうになる。

中野さんは、味わうようにメグロK3を走らせる。スムーズで無駄なくメグロK3とシンクロしている姿が美しい。 「歯を食いしばらずに乗れるバイクって、いいですよね」と笑う。

「基本的には低重心で安定志向。スポーティーなハンドリングとは言いがたいけど、フロント19インチ、リア 18インチのホイールサイズがほどよいヒラヒラ感を演出してます。サスペンションもよく動く。 安定してるけど、どっしり重いのとは違うんです。ちゃんとこちらの言うことを聞いてくれる感じかな。うまくなったような気がします」

元グランプリライダーである中野さんの言葉だから、これは半ばジョークだろう。 「作り込みの精度の高さは、エンジン以外からも感じ取れます。 ブレーキをスッとかけると、滑らかなタッチで気になるガタつきもなく入力した通りに減速してくれる。 クラッチレバーを握ると、アシストのおかげで軽いけれど、人の感覚になじむ節度感があるんです。スコスコと軽すぎるとかえって操作しづらいものですが、このクラッチにはいい意味でのフリクションがある」

走り、止まり、眺め、またがりながら、中野さんは「本当にいいバイクだなぁ」を連発している。湖畔の風が心地よく空気を揺らす。

「ほめてばかりで自分でもどうかな、と思うんですが(笑)、マジメに作られていることが伝わってくるから、うれしくなってしまうんですよね。あえて気になる点を探すなら、重さでしょうか。停車している時や押し引きなどではさすがに重さを感じ ます。でも足着きがいいので、またがれば気にならない。走り出せばなおさらです。……だから正直、重さもあまり気になってません(笑)」

いいものはいいと言い、悪いものは悪いと言う。中野さんはそうやって世界最高峰のレースを戦い抜いてきた。バイクに向き合う時は、いつも真摯だ。水郷地帯のマイルドな空気感とは異なり、バイクに向ける眼差しは鋭い。その中野さんを、メグロK3は楽しませている。

「どんな条件でも、パッと乗ってスッと体になじむんです。すぐにバイクと一体になれて、うまく走らせられる感覚は、気持ちいいとしか言いようがない。 人はそうそう変わりませんから、バイクの気持ちよさもそんなには変わらないもの。メグロの復刻ということで注目を集めていますが、素のよさが人気の秘密なんでしょうね。

またひとつ、バイクの楽しみ方を教わった気がします。あ、これだけメッキが美しいと、ガレージで磨くという楽しさもありますね。想像が膨らむなあ(笑)」 佐原の町屋のどこかで愛でられ、慈しまれているメグロがある、という若き大工さんの言葉を思い出す。

ベベルギアタワーが個性を主張するバーチカルツインエンジン。低中回転域のトルクを重視し、日常的に扱いやすい特性としている。ベベルギアカバーのリングは赤く縁取られ、サイドカバーのロゴと合わせてメグロを強調
艶やかな質感と映り込みの美しさが特徴的な銀鏡塗装が施された燃料タンク。傷付きにくく自己修復作用を備えたハイリーデュラブルペイントを採用。アルミ立体成型のエンブレムは手作業で5色が塗り分けられている
パイピングを施したことでよりクラシカルさを印象づけるシート
オーソドックスな二眼式アナログメーター。液晶パネル下部にはメグロの赤色ロゴマークが配されている
フロントホイールは19インチ。φ41mm正立フォークが十分な剛性を確保する
懐かしさを感じさせるテールまわりのデザイン。シート後部にはカワサキのロゴがプリントされ、メグロとカワサキの連携を想起させる
力強いパルス感を響かせるマフラーは伝統的な2本出し。排気音を演出すると同時に、排ガスの清浄化や排気音量の静粛化も両立している

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