電動バイク『MotoE』に初の日本人ライダー『大久保 光』が参戦! その熱い想いを語る!
日本人として初のモトEライダーとなった大久保光。2016年からWSSに参戦し続けた彼が電動バイクレースに戦いの場を移した大久保がその決断に至った理由は何か、そして、若き日の大久保に影響を与えた人物とは4月上旬に実施のモトEテスト2回目前に、話を聞いた。
MotoE初の日本人ライダー 大久保 光
1993年8月11日生まれ。ミニバイクレースを経て10年に全日本ロードレース選手権J-GP3チャンピオンを獲得。12年にはアジア・ドリームカップで初代チャンピオンに輝いた。16年から20年までWSSに参戦。19年にはランキング5位を獲得している
世界一の称号へ 熱望の電動バイクレースへの挑戦
大久保光が21年シーズンのFIM・エネル・モトEワールドカップ(以下、モトE)に参戦するという発表があったとき、ぜひその理由を聞きたいと思った。市販車で争われる最高峰レース、SBK(スーパーバイク世界選手権)ライダーを目指して16年からWSS(スーパースポーツ世界選手権)で戦ってきた大久保に、電動バイクレース、モトEへの参戦を決断させたものはなんだったのか……。と。
けれど、大久保の答えはとてもシンプルで明瞭だった。「一番こだわらないといけないところを、見極めました。“世界チャンピオンになる”。それが僕の最低限のボーダーで、そのための選択肢としてモトEがあったんです」
そして、こうも強調した。「モトEにはすごく興味があったんです。将来のことを考えたら、電動バイクは絶対に乗っておきたいバイクじゃないですか」モトEライダー大久保光誕生の理由は、その二つに集約されていた。
突然の契約破棄と長島哲太からの紹介
実は大久保、2021年も引き続き、排気量600㏄クラスの市販車で争われるWSSに参戦する予定だったという。20年8月には所属チームと継続参戦の契約書を取り交わしていた。しかし、20年シーズンの最終戦ポルトガルの木曜日。チームから一方的に契約を破棄されたというのだ。
話を聞けば、複雑な状況が絡み合っているようだった。本来、大久保とチームが21年に投入を見込んでいたホンダの新型CBR600RRが、ユーロ5規制の影響で現実的に使えなくなったことや、22年導入とされるWSSの新たな技術規則の影響もあった。
そしてチームは、21年のWSS参戦を見送る、と大久保に伝えた。SBK参戦の目標へと駆け上がってきた道を、理不尽な形で分断された……。しかしそのときの心境を尋ねれば、大久保は「仕方がないですよね」とあっさり答えた。
そしてさらに「実は、WSSに出たかったので、自分でチームを立ち上げようと思って各方面と話をしていたんです」とも続ける。大久保は全日本ロードレース選手権参戦時代にも自らチームを立ち上げて参戦したことがある。
道が断たれるならば、自分で道を拓けばいい。そう考えることがごく自然だと、大久保の口ぶりが示していた。そこに至るには大きな決意があったのだろうが、並大抵の行動力ではない。ただ、乗り越えることが難しい壁はあった。
「トラックやワークショップ、バイクなど物はそろったのですが、お金がそろいませんでした。参戦にあたり、最低でも50万ユーロが必要で、半分くらいまでは用意できたのですが、残りが難しかったんです」
そんな折、大久保にモトEの話をつないだ人物がいた。20年までモト2クラスに参戦していた長島哲太だ。4歳から大久保と切磋琢磨してきた、仲のいい同期ライダーである。
「テツ(長島)の家に泊まりに行ったときに、『ものすごくモトEに興味があるんだけど、アジョさん(長島が20年まで所属していたチーム。モトEへも参戦)でワイルドカード参戦の話などがあれば、呼んで』ってずっと言っていたんですよ」
19年の初年度から、大久保は電動バイクレースのモトEに興味を持っていて、ヨーロッパ滞在時には毎戦テレビで観戦していたという。
「アジョさんからテツにモトE参戦の話があったとき、『モトEに興味があるヤツ、いたな』と思い出したみたいです。思い出したとき『にやけちゃったよ』って言っていました(笑)。それでチームを紹介してもらったんです。
それからの交渉は全部自分一人でやりました。交渉を始めたのが11月末で、契約はエントリーに間に合うぎりぎりの2月。チームが交渉していたもう一人のライダーにはフィンランド人がいて、チームのスポンサーの関係もあり、交渉は3カ月かかりました。
1週間に1回はチームに電話しましたよ。嫌われてもいいから、とにかくプッシュしようと思って。ものすごくたくさん『モトEで走りたい』アピールをしましたね」そして、21年2月2日、チームから大久保がモトEに参戦することが発表されたのである。
「もちろんSBKライダーになりたい、という気持ちはあります。けれど世界チャンピオンになることが、僕の最低限のボーダーラインです。それを見極めました。世界チャンピオンになるなら、世界選手権でなければいけません。
モトEは自分が持っている選択肢の一つで、興味があるチャンピオンシップ。僕としては悪くない選択肢ですよ」
ヘレステストで走らせたモトEマシンの印象
3月2日から4日にかけて、スペインのヘレスサーキットでモトEのプレシーズンテストが行われた。大久保にとって、初のモトEマシンライド。モトEはイタリアの電動バイクメーカーであるエネルジカ・モーターカンパニーのエゴ・コルサで争われる。大久保は、モトEマシンにどんな印象を抱いたのだろう。
「おもしろいですね。アクセルの開け始めのフィーリングが、内燃機関のバイクとは全く違いました。モーターなので、0からいきなり最大のトルクが出るんです。そこは難しかったですけどね。もちろん、いろいろな問題はあります。
まず、セッションで走行できる周回数がとても少ないこと。100パーセントのバッテリーで走り始めても、8周もしたら30パーセント以下になってしまうんです。30パーセントを切ったら、ピットに戻らないといけません。それ以下になると、充電が次のセッションに間に合わないからです」
そして、エゴ・コルサの特徴の一つが260㎏の車両重量である。「確かに重いです。でも、そこまでの重さは感じないですね。重さのあるバッテリーとモーターがマシンの真ん中に集まっているので、重いけれど、比較的ハンドリングがよかったです」
重量級のモトEマシンを走らせるにあたり、大久保はヘレステスト後、上半身の筋肉トレーニングを始めた。「車体が重たいので、上半身を使うな、と思ったんです。もちろん下半身が一番大事なのですが、僕の場合は上半身が足りないと感じたので、帰国後筋トレやプロテインを飲む量を増やしました。体重が3㎏以上も増えたんですよ」
大久保が取り組んでいるのは、フィジカル面の強化だけではない。レースウイークの組み立て方、Eポールでタイムを出すためのセッションの使い方をトレーニングしていたという。
モトEの予選Eポールは、ライダーが一人ずつコースインして1周だけのアタックを行い、そのタイムで予選順位を競う。モトGPはもちろん、WSSとも異なる方式だ。決勝レースが約7周(20年シーズン時点)で行われる超スプリントレースだけに、グリッドを決める予選はより重要になる。
「モトEの方が、レースウイークを通して頭を使いますね。予選では人の後ろについて一発のタイムを出すことはできません。一人で走ってタイムを出すEポールに向けて、どうセッションをつくっていくのかが重要なんです。ですから、これまでとはリザルトの見方も変えないといけないし、タイムの出し方も考えないといけない。モトE参戦が決まってから、ミニバイクなどでそういうトレーニングばかりしていましたよ。」
「モトEマシンはおもしろいが、ミスの代償は大きい」
「タイムを出すのに、集中力もすごく必要です。もちろんWSSでも集中力が必要ですが、これまでとは少し違うんです。少しミスをしただけでも、バイクが重いので止まりません。ワンメイクマシンということもありますし、ごまかしがきかない。ミスをしたときの代償が大きいんです。
見ているとモトEのレースではオーバーテイク時の接触転倒が多いのですが、実際に走ってみて納得しました。少しブレーキングを遅らせただけでも、その振り幅がとても大きいんです」
ただ、モトEはワンメイクマシンでセッティングの幅も狭いからこそ、ライダー心をくすぐるものがある。ほぼ同じ条件ということは、ライダーのポテンシャルを示すことができるということなのだ。
「ライダーズレースですから、やりがいはあります」と言ってから、少しいたずらっぽく、こうも付け加えた。「僕、人がやったことがないことをやるのが好きなんです。モトEは日本人もアジア人もまだ参戦していなかった。おもしろいな、と思います」
大久保スタイルを築いた幼少期の父の言葉
トレーニングや新しいチャンピオンシップ参戦にあたっての取り組み方など、大久保は自分のスタイルを貫いているようだった。これは幼少期からのことで、誰かに師事するわけでもスクールに通ったわけでもなく、自分で考えて走ってきたのだという。その原点はどこにあるのだろう。
「僕は、参考にしたライダーが本当にいないんです。普通は乗り方をまねしたりすると思うんですが。もちろん、どうやって乗っているんだろうと、研究はします。ですから、すべてのライダーを参考にしている、とも言えます。
父親に言われていたことがあるんです。『この人みたいになりたいと思ったらだめだよ。なりたいと思った時点で、その人には勝てないからね』って。憧れた人が100なら、自分は99にしかなれません。ですから、僕は常に“大久保光スタイル”でやってきました。父のこの言葉は、自分の中で大きいですね」
大久保の持つ行動力や発想力、目標へとまい進するパワー、その原動力が垣間見えるかのような言葉ではないだろうか。コース上でバイクを走らせるレーサーとしても、世界を舞台に一人で戦い続けるアスリートとしても。21年、大久保は自分で築いた向き合い方で、モトEの頂点を目指す。
FIM Enel MotoE World Cupとは?
2019年より始まった、電動バイクによるチャンピオンシップ。MotoGPのヨーロッパ開催グランプリのうち数戦に併催の形で行われる。2021年シーズンは6戦7レースが予定されている。ライダーが走らせるワンメイクマシンは、イタリアの電動バイクメーカー、エネルジカ・モーターカンパニーの『エゴ・コルサ』。タイヤサプライヤーはミシュランである。
MotoEは予選が一人1周のアタックによって行われ、決勝レースは約7周(2020年時点)の超スプリントレースとなっている。日本ではMotoGP.comで視聴可能。予選、決勝レースの視聴には有料ビデオパスが必要になるが、一部の映像や情報は無料で公開されている。ぜひチェックしてみよう。