元GPライダー青木宣篤が新型 隼―Hayabusa を独自の目線でインプレッション!
【Impression & Way to ride 青木宣篤】ハヤブサを飼いならす、電子が生み出した新しきハヤブサの姿。
青木宣篤
全日本ロードを経て’93年から世界GPへ。250ccクラスではランキング最上位は7位、500ccクラスでは3位につけた。スズキ・ファクトリーチームではRGV500を走らせている。シリーズ戦を退いてからはスズキ・モトGPマシンやブリヂストンタイヤの開発ライダーも務めた
すべてがグレードアップ これが内燃機関の究極体
エンジンをかけた瞬間に、「何だこれは……!?」と驚いた。得も言われぬ高級感のあるエンジン音が響いたのだ。この音、いいトルクが出ていそうだ……。
長くレースをし、開発ライダーとしても多くのバイクを走らせてきた経験から、音を聞くだけである程度はエンジンの良し悪しが分かるようになった。これは本当の話だ。暖機の音だけで「このエンジンはダメだろうな……」と思わされることもあった。そして実際に乗ってみても、もうひとつなのだ。
相当に感覚的なものなので、何が聞こえているのか自分自身でもよく分からない。恐らくは爆発の状態が音として表現されているのではないかと思う。
モトGPマシンを例に挙げると、ホンダRC213Vなどは実にいい音だ。ひときわ圧縮された混合気が、極力上死点に近いところで点火され、速い燃焼速度で爆発、力強くピストンを押し下げていることが分かる。バチッと弾けるような破裂音で構成されているのだ。
新型ハヤブサは、非常に重厚なエンジン音だ。しっかりと調律が取れたエンジンならではの上質な音。正直、新型ハヤブサのエンジンにはあまり期待していなかった。排気量もボア×ストロークといった基本構成も先代のままだし、ユーロ5への対応からスペック上のパワーも197㎰から188㎰へとダウンしている。期待できそうなポイントはほとんどなかった。
だがエンジンをかけ、音を聞いてすぐ、自分の予想が間違っていたことに気付いた。そして走り出してすぐに分かった。私の予想は外れたが、耳は正しかった。新型ハヤブサのエンジンは素晴らしい!
まず、ムービングパーツひとつひとつのメカニカルフリクションが、徹底的に抑えられている。内部パーツに何か新しいコーティングが施されたのか、素材から見直したのかは分からないが、カムシャフトなどはスルスルと回っている感じがする。
しかも、きちんと実があるのだ。ただ抵抗が軽くなっただけではスカスカした印象になるのだが、新型ハヤブサはフリクションが軽減しながらもきちんと実があり、それが実際の加速力になっている。
新型ハヤブサには電子制御が多数盛り込まれた。その中でも私が注目するのは、エンジン特性をコントロールするライド・バイ・ワイヤ。恐らくライダー・トルク・デマンドという考え方が採り入れられているのではないかと思うのだ。
ライダー・トルク・デマンド(RTD)は、モトGPではすでに一般化している技術コンセプトだ。通常のエンジン特性制御は、アクセル開度に対してスロットルバルブをどれぐらい開くか、という形で行われている。最終的には「空気に対してどれぐらいの燃料を噴射するか」という混合比がすべてだ。
慎重かつ地道な開発姿勢が最上級の内燃機関をもたらした
しかしRTDは、車体姿勢とアクセルの開き方から、ライダーが今、どれぐらいのトルクを求めているかを判断。スロットルバルブ開度に加えて点火時期なども最適に制御し、ライダーが望むトルクそのものを的確に提供する仕組みだ。
ひとことで「アクセルの開き方」と言っても、どれぐらいのアクセル開度から、どれぐらいの早さでアクセルレバーを回しているか、といった具合に細かく検知している。
例えば車体が傾いているコーナリング中、ライダーがじわじわとゆっくりアクセルを開けている時は、さほどトルクは要らないだろう。逆に、車体が起き始め、大きく早くアクセルが開いている時は、よりトルクを求めている。こうして、走っているライダーが本当に必要としているトルクを発生させるのがRTDだ。
より噛み砕いて言えば、今まではエンジンのコントロールに終始していたのに対し、RTDは後輪と路面が接地している部分まで配慮が行き届いているようなものである。
新型ハヤブサのエンジンがRTDを採用しているのかは、スズキが公式にアナウンスしていないので定かではない。だが、モトGPマシンを走らせている身としては、RTDが効いているとしか思えない上質なトルクデリバリーを感じるのだ。
走らせていて、これほど気持ちよく欲しいだけのトルクが得られるバイクはない。徹底的なメカニカルフリクションの軽減と相まって、まさに上質としか言いようがないほど調律されたエンジンに仕上がっている。
トップエンドのパワーは、はっきり言って2代目の方が上だ。それはスペックが低化していることからも明らかだ。最高速を追求し続けていたハヤブサの開発者たちには、忸怩たる思いもあっただろう。
だが彼らは、ハヤブサをユーロ5に適応させ、この先何年かさらに生き伸びる道を選んだ。そして、パワーの代わりに極上のトルクを我々に授けてくれたのだ。ごくごく限られた特殊な環境でしか楽しめないトップエンドのパワーより、常用域で誰もが味わえる極上のトルクを。
もしRTDが入っていないとしても、モトGPマシンで得た知見から、同じような考え方で出力特性を作り込んだに違いない。いずれにしても、「内燃機関・最終章」を迎えるにあたって、最上級のエンジンを作ろうとしたスズキの意地とプライドを感じる。相当に慎重で丹念な開発を地道に行わない限り、こういった優れたトルク特性のエンジンは生み出すことはできない。
あえて苦言を呈するなら、今までのハヤブサにあった特有のテイストは、すっかり影を潜めてしまった。だが、これは致し方ない。無駄な燃料を1滴たりとも使わないよう、超効率化をめざしているのだ。演出を加える余裕は、もはやどこにも残されていない。
ギミックはない。しかし新型ハヤブサには、最高に気持ちいいトルク特性がある。