KAWASAKI Ninja ZX-10R インプレッション【洗練の駿馬】
現役を引退して12年経つ中野真矢さんのテンションが高まっていた。新型Ninja ZX-10Rは、生粋のバイク好き、レース好きである中野真矢さんの情熱を刺激する走れば走るほどもっと攻めたくなるという、絶大な安心感これこそが、SBKでチャンピオンを獲り続けていられることの理由だ。
※この記事はRIDERS CLUB 2021年6月号に掲載された内容を再編集したものです。
【中野真矢】
MotoGP、SBK に参戦し、電子制御の進化を間近で見てきた。現在の市販車に、レースの世界からフィードバックされた技術も感じ取っていると言う
常勝には理由がある
カワサキでMotoGPに参戦していた頃、プロモーションの一環としてNinja ZX-10Rに乗った時の印象をよく覚えている。デビューしたてのNinja ZX-10Rに、率直に「これはスゴいバイクだな」と思った。
まず驚かされたのは、軽さだった。押し引きはもちろんのこと、走り出しても軽い。そして当時のNinja ZX-10Rは、スーパースポーツとしては後発だったこともあり、とにかくパワーを追い求めていたように思う。ゴリゴリとパワーを絞り出すフィーリングはいかにも粗削りだったが、素性としての凄みはすでに垣間見えていた。
軽量な車体に、170psものハイパワーエンジンを搭載するのだから、どうしても安定志向になる。まったり、とまでは言わないが、落ち着いたハンドリングも印象的だった。
その後、10年の月日が経ち、次にNinja ZX-10Rに乗ったのは15年、ジョナサン・レイがスーパーバイク世界選手権(SBK)でチャンピオンを獲得したマシンの試乗だった。
その10年は、Ninja ZX-10Rにとって大きな意味を持っていたと思う。初めて乗った時の印象とはかなり大きく様変わりして、ずいぶんと乗りやすいバイクに仕上がっていたのだ。
試乗会場にはNinja ZX-10Rの開発者として、過去に僕とともにMotoGPを戦ったエンジニアがいた。再会を喜び合いながら、僕は「なるほど!」と思った。「MotoGPのレースエンジニアが携わったから、レースで勝つためのマシン作り、という方向性が明確になったんだな」と。
それからさらに6年を経て、今回、最新のNinja ZX-10Rに乗ることになった。いかつい顔立ちには賛否両論あるようだが、僕は素直にカッコいいと思う。ウイングレットも含め、新しいことにトライする気概を買いたい。
初めてこの顔を見た時には強烈なインパクトを感じたが、こうして量産車としてカラーリングされると、より表情が豊かになってアグレッシブだ。
15年、ジョニー(ジョナサン・レイ)がSBKで初タイトルを獲って以降、連覇を続けていた。最新モデルはどのような仕上がりなのかと楽しみに思いながら、試乗コースをNinja ZX-10Rで走った。
ピットロードを走りながら、すでに新型Ninja ZX-10Rのエンジンの仕上がりのよさが確認できた。僕がもっとも気にするスロットル開度10〜15%のフィーリングがいい。「いい」の内訳がまた難しいのだが、人間の感覚にしっくりくる、ほどよい「間」があるのだ。
誤解しないでいただきたいのだが、決してダルさやマイルドさとは別だ。スロットルを開けるとバラバラッという点火を感じさせながらも、必要以上にドンと前に出ることがない。わずかなタメ、と言えばいいのだろうか、ジワッと開けるとジワッと反応してくれる絶妙な「間」があって、素晴らしい。
そして意外かもしれないが、こういった箇所の作り込みをしっかり行っているあたりに、このバイクがSBKを勝ち続けた理由がある、と僕は思う。
ピークパワーがどんなにあっても、それが扱えなければ意味がないのだ。「扱う」とはレースの場合、深いバンク角からスロットルをわずかに開けた瞬間、ライダーの意に沿う形で反応してくれるかどうか、だ。
思ったより出過ぎてもいけないし、思ったより出てくれなくても困る。ピークパワーと同じぐらい、いや、もしかするとピークパワー以上にライダーが求める部分だ。
ピットロードを出る時点で、新型Ninja ZX-10Rは間違いなくいいバイクだと確信できた。そしてコースインしてスロットルを開けると、レスポンスがほどよく軽い。軽すぎるとパワーの実感が得られないが、リアリティのある回転上昇を見せてくれる。さらにスロットルを開けていくと、あまりの加速に体が置いて行かれそうになる。猛烈な速さだ。押し寄せるパワーにリアタイヤが悲鳴を上げているが、気にせず開け続ける。車体がしっかりとパワーを受け止めてくれるから、不安なく開け続けられるのだ。
コーナーを立ち上がるのが最高に気持ちいい。加速時にフロントが軽くなりすぎる印象がないのは、ウイングレットが効いているからかもしれない。
ウイングレットはアッパーカウル両側に内蔵されており、Ninja H2シリーズのような見た目の派手さはないが、ダウンフォースが17%高まっているとのこと。試乗コースはコンパクトなコースだが、空力パーツは効いているはずだ。以前に比べるとポジションの前傾度合いはやや強まった印象だが、このパワーを体でコントロールするためには、これぐらい伏せる形になった方が、かえって自然だ。
やる気にさせられる
徐々に体が慣れ、ペースアップしていくほどに、細かい操作がやりやすいポジションだと気付く。「スーパースポーツ」というカテゴリーに属していることの意味が、よく分かる。バイクの上でライダーが運動しやすいように仕立てられているのだ。これこそまさにスポーツである。
安心感に身を委ねながら、トラクションコントロールを弱めていく。コーナーの立ち上がりで気持ちよくブラックマークが路面に残る。「元MotoGPライダー」と呼んでいただける僕ではあるが、現役を引退してもう12年になる。干支が一巡しているわけで、結構な時間が経っている。だが、新型Ninja ZX-10Rには時の経過をすっかり忘れさせられ、やる気になってしまうのだ。
エンジンレスポンスの実のある軽やかさに、かつて乗っていたMotoGPマシンを思い出す。「もうちょっと攻めてみよう」という気持ちになるのだ。そしてパワーも車体も、その気持ちに応えてくれる。
これはヤバい(笑)。試乗会だということを思い出して、懸命に自制した。大人であることを求められるバイクだ。
やる気にさせてくれるのは、エンジンばかりではない。ハンドリングもヤバい(笑)。
試乗コースはサーキットとしては低中速寄りのコンパクトで、正直なところ、リッタースーパースポーツ向きとは言いがたい。
だが、新型Ninja ZX-10Rはまるで600㏄クラスのようにクルクルと小気味よく旋回してくれる。開発陣がこのハンドリングをアピールしたくて、あえてコンパクトなサーキットを選んだのではないか、とさえ思える。
しかも軽快なのに、接地感は豊かだ。路面とのコンタクトが分かりやすい。運動性能は確実に向上していて、行きたい方向に向かって体の位置をコントロールするだけで、スッと向きを変えてくれる。
バンク角も深まっていて、「もうひと寝かせ」が可能。全般的に自由度が高いので、どうしても気分はアグレッシブになるが、ここから先の領域は現役に任せた方がよさそうだ。
ひとしきり新型Ninja ZX-10Rを走らせて、「なるほど、これはSBKでチャンピオンを獲り続けるわけだ」と僕は思った。世界のトップカテゴリーで勝つことは、非常に難しい。GP最高峰クラスで表彰台には立たせてもらったが、残念ながら勝利を挙げることはできなかった僕が言うのだから間違いない(笑)。
そこをジョニーは、SBKで勝ち続けていた。ひとレースで勝つのも大変なのにシリーズを通してタイトルを獲り、さらにそれを6年も続けたのだ。信じられない偉業だが、ライダーの頑張りのみならず、Ninja ZX-10Rも進化・熟成という形でしっかり貢献していることが確認できた。
ひとことで言えば、非常にオーソドックスだ。初期型では感じられた猛々しさは年を追う毎にどんどん影を潜め、よりマイルドになり、その結果として、エンジンもハンドリングも扱いやすさを増している。
それでいて、エンジンはパワフルであり、ハンドリングはシャープ。武器としてのパフォーマンスもしっかりと高められているのだ。 これだけいいバランスを備えているバイクなら、長いレースディスタンスでも集中力を保てるだろう。そしてシーズンを通して安定した好成績を残せるはずだ。
量産車としては、もはや完成の域に達している。文句ない仕上がりだが、あえてひとつ注文を付けさせてもらうなら、リアスイングアームをSBKと同じ、逆やぐらタイプにしてほしかった。現状で性能的に不満などないが、単純にSBKマシンと近い見た目の方がテンションが上がる、という理由だ(笑)。
いつまで経ってもレース好き。その血を騒がせてくれる1台だった。