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KTM 890 SMT インプレッション|”多様性の時代”のスーパーモト

890アドベンチャーをベースに前後ホイールを17インチに換装したうえ、サスペンションを適正化してモタードマシン化した890SMTが登場。ヒルクライムコンセプトを持つ同車は自由度の高い運動性能と同時に、T=ツーリング性能も確保。汎用性の高い走りを合わせ持っていた。

PHOTO/KTM TEXT/D.SUZUKI
取材協力/KTMジャパン TEL03-3527-8885 https://www.ktm.com/
【鈴木大五郎】
鈴鹿8耐やAMAロードレース、ダートトラックなど幅広いジャンルのレースを経験した後、ジャーナリストに転身。ライディングパーティでは先導ライダーを務めている
【鈴木大五郎】
鈴鹿8耐やAMAロードレース、ダートトラックなど幅広いジャンルのレースを経験した後、ジャーナリストに転身。ライディングパーティでは先導ライダーを務めている

ニッチに見えた立ち位置は以外にも高い汎用性があった

レディ・トゥ・レースをスローガンにするKTMではあるが、890SMTはどんなレースに〝レディ・トゥ〞なのか?

そんな疑問を持ちながらイタリア・サルデニア島に到着した。890アドベンチャーをベースにしていることからも、それは17インチ化したアドベンチャーマシンじゃないのか? といった予想でテスト前夜のプレゼンテーションに臨んだ。

しかし開発陣から出てくる言葉はスライドコントロールであるとか、進入ドリフトがどうだとかアグレッシブなワードばかり……。

ヒルクライムレース、パイクスピークにて3度の優勝したクリス・フィルモアを招聘していることからもわかるように、890SMTのメインステージは、ヒルクライムレースへのレディ・トゥ・レースをコンセプトのひとつにしているのだ。

実際この試乗会の最後には、一般道のワインディングを約5㎞にわたって閉鎖してのタイムアタックが用意されていた。しかし、それを知らされていなかった私はツーリングウエアしか持っていなかった……。

そういえば、過去のKTMの発表会でも、激しい内容の時があった。レディ・トゥ・レースのスローガンそのままに、予選のタイムアタックから決勝までを発表会の中で行うという、かなり危険な匂いのするものもあったが、予想通り転倒者続出で大変なことになったなぁ……。

実はこの予想していなかったタイムアタックレースで、私はその日のジャーナリストの中でファステストを記録。SMTを好きにならざるを得なくなったのであった。

このマシンの最大の美点は、兎にも角にも操作の自由度が高く、限界性能が非常に把握しやすいフレンドリーなキャラクターにある。

890アドベンチャーからフレームやスイングアーム、エンジンをそのまま流用。つまり前後足まわりとスタイリングのみ変更しただけなのだが、そうは思えないほど異なるキャラクターとなっていた。

890アドベンチャー譲りとなる直列2気筒は105hpの最高出力と100Nmの最大トルクを発生。790に対しクランクマスを20%増加し、よりスムーズな出力特性を得ている。クイックシフト+により変速タイミングも適正化
890アドベンチャー譲りとなる直列2気筒は105hpの最高出力と100Nmの最大トルクを発生。790に対しクランクマスを20%増加し、よりスムーズな出力特性を得ている。クイックシフト+により変速タイミングも適正化

パーツは共通の物が多いものの、セットアップには惜しみなく時間をかけたようで、その走りに相当自信を持っていたのが頷ける仕上がりだった。それはカチカチなレーサーライクなものではなく、乗り心地の良さをまずは感じさせてくれたのだ。

ダンピングが程よくきいたストローク感のあるサスペンションは、荒れた路面でも追従性が高い。長めのホイールベースが功を奏しているのだろう、不安定な挙動が出にくく、それでいてマシンは非常に軽快。変な表現だが、自信を持ってハンドルをこねくり回していける安心感がある。21インチから17インチへと、ただ変えただけでは不安定になりかねない要件を上手くまとめている。

サーキットでの試乗は予定に組み込まれていなかったのだが、とくにタイトなレイアウトのコースであれば不満のないポテンシャルを発揮することは想像に難くない。逆に、今回初めて訪れたワインディングで感嘆したこの優れた運動性を、高速サーキットではここまで感じることはできなかったであろう。

公道ならではの滑らかとはいえないアップダウン。むしろ段差とも言うべきギャップ。路面の剥がれや、あちこちに浮く砂利やウェットパッチ……。TVゲームでもしているかのように、次々と現れる障害物をクリアしていくのは非常に神経を使う。そして、それを楽しめるかどうかはマシンのポテンシャルによるところが大きい。890SMTは俊敏性や、体勢が整っていない状況でのコントロール性が非常に秀でているのだ。サーキットのように強力なGがかかるシーンでの走りを重視していないからこそ得られた、臨機応変に対処できる特性が、このマシンの強みである。オフロード走行を考慮した柔軟性高いフレームもこのフィードバックにしっかりと寄与しているはずだ。

エンジンはパワフルさと扱いやすさのバランスが良好だ。過去のKTMのマシンに多かった、低回転域でギクシャクする不安定さはなく、非常にスムーズ。それは790のデビュー当時から実現されていたのであるが、890ではさらにパワー&トルクがアップしただけでなく、クランクマスが20%重く設定されており、そのレスポンスのスムーズさもより高まっている。

ライディングモードはデフォルトの3種類に加えて、オプションとしてトラックモードも選択可能。このトラックモードは任意でスロットルレスポンスやABSの設定、トラクションコントロールを10段階で調整できる。しかしこれはサーキット用に細かくセットアップするというより、一般的にはライダーモードと同じように各制御を調整するといいと感じた。

例えば今回のヒルクライムのタイムアタック時ではトラックモードを選択し、スロットルレスポンスはストリートをチョイス。コーナーの先が分からないような状況では、スロットル操作がよりシビアになるので、レスポンスの良いスポーツよりもストリートが適していると考えたからだ。クリス・フィルモアもストリートの方が好みだと語っていた。トラクションコントロールは10段階のなかで最弱。オフにすることも可能だが、保険として残した。ABSはフロントだけ介入するスーパーモトモードをチョイスした。

クローズドコースでのラップタイムではなく、初めて訪れるワインディングでの自由度と安定性、そして速さを重視した890SMT。ピンポイントのようで、実は多くのライダーが欲しいと思っている性能かも知れない。その走りを味わえば「KTMは一般ライダーのことを分かっているなぁ」と納得すべきマシンとなっていた。

一方で、このマシンのベースは890アドベンチャーだ。快適性は上々であり、身軽さはさらに上を行く。17インチホイールであっても、フラットダートならば問題なく走れる汎用性も持ち合わせている。

KTMのスタッフは「アドベンチャーではちょっと大き過ぎる。でも690SMRではアグレッシブ過ぎる。そんなライダーにおすすめしたい」と語っていた。

ニッチだと思っていたニーズに対応した890SMTは、KTMらしいスポーツライディングの楽しさと快適性という、相反する要素を見事に融合したマシンとなっていたのだ。

KTM 890 SMT

前後WP製サスペンションを装着。フロントは伸/圧の減衰調整が可能。リアはイニシャルおよび伸び側減衰が調整できる。ストロークは前後ともに180mmでしなやかな動き
前後WP製サスペンションを装着。フロントは伸/圧の減衰調整が可能。リアはイニシャルおよび伸び側減衰が調整できる。ストロークは前後ともに180mmでしなやかな動き
クロモリ製メインフレームとシートレールは890アドベンチャーと共通。エンジンをストレスメンバーとして利用することで、軽量化を計りながらも剛性を確保。オフロード走行を考慮した高すぎない剛性が乗りやすさに寄与する
クロモリ製メインフレームとシートレールは890アドベンチャーと共通。エンジンをストレスメンバーとして利用することで、軽量化を計りながらも剛性を確保。オフロード走行を考慮した高すぎない剛性が乗りやすさに寄与する
5インチのTFT液晶ディスプレイを装備。カバーは傷に強いミネラルガラス製。ハンドルバーは6ポジションに調整可能。スクリーンは低めで調整不可。ハイスクリーンはオプション設定
5インチのTFT液晶ディスプレイを装備。カバーは傷に強いミネラルガラス製。ハンドルバーは6ポジションに調整可能。スクリーンは低めで調整不可。ハイスクリーンはオプション設定
新設計のアルミホイールにはミシュラン製パワーGPを装着。高いグリップ性能とともに乗り心地の良さにも貢献。シビアなハンドリングになりがちな17インチ化であるが、ニュートラルで安心感の高いセットアップが施される
新設計のアルミホイールにはミシュラン製パワーGPを装着。高いグリップ性能とともに乗り心地の良さにも貢献。シビアなハンドリングになりがちな17インチ化であるが、ニュートラルで安心感の高いセットアップが施される
一体型シートは前後に段差を設けた、加速時やコーナリング時にホールドしやすい形状。シート高は860mmとなり身長165cmの筆者ではご覧の通り。だが、走り出すとアイポイントが高くて気分は良い
一体型シートは前後に段差を設けた、加速時やコーナリング時にホールドしやすい形状。シート高は860mmとなり身長165cmの筆者ではご覧の通り。だが、走り出すとアイポイントが高くて気分は良い
一体型シートは前後に段差を設けた、加速時やコーナリング時にホールドしやすい形状。シート高は860mmとなり身長165cmの筆者ではご覧の通り。だが、走り出すとアイポイントが高くて気分は良い
エンジン形式水冷4ストローク直列2気筒DOHC4 バルブ
総排気量889cc
ボア×ストローク90.7×68.8mm
圧縮比13.5:1
最高出力105ps/8000rpm
最大トルク100Nm/6500rpm
変速機6速
クラッチアシスト付スリッパークラッチ
フレームスチール製ダイアモンド
キャスター/トレール25.79mm/111.6mm
サスペンションFWP製φ43mm APEX 倒立テレスコピックフォーク
RWP製APEXモノショック
ブレーキFラジアルマウント4ピストンキャリパー+φ320mmダブルディスク
R2ピストンキャリパー+φ260mmシングルディスク
タイヤサイズF120/70ZR17
R180/55ZR17
ホイールベース1502mm
シート高860mm
車両重量196kg
燃料タンク容量15.8L
価格179万9000円

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