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BMW R nineT × シンイチロウ・アラカワ |隠せない爪痕

安易な道もある。しかし、そこを進むことをよしとはしない。デザイナーは、自らの手と想念を信じながら、それらの赴くままに、バイクというキャンバスに筆を振るう。満たすべきオーナーの要求と、自分らしいデザインとの狭間に立って。

PHOTO/S.MAYUMI
TEXT/G.TAKAHASHI
取材協力/シンイチロウアラカワ
http://0cm4.co.jp/

ただのレプリカペイントでは期待に応えられない

通常であれば、極めてシンプルなストーリーだ。

愛車にオリジナリティを求めるオーナーがいる。確たるイメージを持っている。そして、腕利きのデザイナーとペインターがいる。

オーナーのオーダーを受け、そのイメージのままにデザイナーとペインターが実車に落とし込む。リクエスト通りのカスタムペイントが仕上がり、一件落着。話は終了だ。

……ところが、そうは行かないのが面白いところだ。

BMW R nineTのオーナーがイメージしたのは、四輪車コブラのカラーリングだった。銀の車体の中央を、2本の太く黒いレーシングストライプが貫いている。ストライプ両脇外側にはオレンジのラインがあしらわれており、細い線ながら強い印象を残す。これを、自分のバイクで形にしたいと思った。

選ばれたデザイナーは、シンイチロウアラカワ。この時点で一筋縄では行かないことが確定する。アーティスト特有のいい意味でのこだわりが弾け、〝ただの〞コブラレプリカでは収まらないだろう。 

実際、荒川眞一郎さんは頭を抱える。コブラのままのカラーリングにするのは容易だ。しかしそれでは、自分に声を掛けてくれたオーナーの期待に応えることはできない。

「期待を超えた時に、初めて期待に応えられたことになる」と荒川さんは考えるからだ。

「自動車の塗装部分は広い。でもバイクは、塗れる範囲が極端に狭い。どうバランスを取ればコブラのストライプやラインを表現できるか……」

だがこれは、コブラをいかに再現するか、という悩みであり、出発点だ。荒川さんはさらに考えを深める。

「シルバー、ブラック、そしてオレンジと単純に色分けするだけでは、安っぽくなる。高級感を持たせつつ、シンイチロウアラカワらしさを持たせたい。自然に、さりげなく」

そうして、シルバーの濃度を場所によって変えるのだ。なおかつシルバー塗色には、ペイントを担当したYFデザインが得意とするヘアラインの意匠が施されている。

純正のような自然な仕上がりだが、見る人が見れば個性に気付く。「やりすぎない美学」の賜物だ
純正のような自然な仕上がりだが、見る人が見れば個性に気付く。「やりすぎない美学」の賜物だ

さらに、タンク前方下部の濃色部分は、車体のどの線とも揃わない絶妙な曲線を描く。フューエルリッド部分のストライプにも、艶めかしいRが付けられているのだ。 

誰も気付かないかもしれない、微妙な仕掛けだ。しかしこれらは、人の深層心理に確実に訴えかけるエモーショナルさをもたらし、全体的な美しさの軸となっている。

「自分でもよく分からないんですが、手と頭がそうしろと言うんですよ」と荒川さんは笑う。 

芸術家の熱意が弾けた時、シンプルな命題の中にも隠しきれない爪痕が残る。美しく、他にはない爪痕が。

シルバーだけで3色を使い分け、微妙な表情を持たせた。アルミのヘアラインのように見えるが、塗装を担当したYFデザインのペイントによる表現
シルバーだけで3色を使い分け、微妙な表情を持たせた。アルミのヘアラインのように見えるが、塗装を担当したYFデザインのペイントによる表現
フロントフェンダーのストライプの先端部には、四輪BMWのキドニーグリルを思わせる意匠。荒川さんらしいセンスのよい遊び心が光る
フロントフェンダーのストライプの先端部には、四輪BMWのキドニーグリルを思わせる意匠。荒川さんらしいセンスのよい遊び心が光る
タンクからシートカウルにかけて、ブラックストライプが躍動する
タンクからシートカウルにかけて、ブラックストライプが躍動する

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