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後輪の接地感とは?【二輪運動力学からライディングを考察!】

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察
バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII

10限目(’23年12月号)にて、前輪の接地感をライダーはハンドル保舵力として手のひらで感じていることを解説しました。では後輪の接地感、つまりグリップ感をライダーは何で感じ取っているのか? 実は少々難解なのです。よく「お尻で感じとる」とか言いますが、それだけではないのです。

後輪がグリップを失い、ダイナミックに後輪がスライドすると確かにお尻と言うか、ライダーは身体でその変化を感じ取っています。しかし、微少なグリップの変化をライダーはどのように感じているのでしょうか、それらの謎にも迫りましょう。

【tips_1】グランツーリスモと五感

皆さんご存じのプレイステーションのソフト『グランツーリスモ』は実によくできています。操作機器の中には、シートをシリンダーで動かし、実写さながらの横滑りや加減速まで超リアルに体感できる装置もあります。ですが、一般的にはハンコン(ハンドル型コントローラー)のみの操作で、シートが動かない場合が多いのではないでしょうか。私のGT7もそうです。

著者が所有する『グランツーリスモ7』のハンコン

しかし、シートが動かないにも関わらず後輪が滑っていることをかなり体感できます。このあたりも含めて四輪メーカーのテストドライバーとも意見交換させていただいたのですが、結論のひとつは視覚でした。目で見た情報から姿勢変化を感じ取っているのです。

その事実がわかりやすい現象が、乗り物酔いです。視覚の情報と姿勢変化からくる三半規管のズレが原因と言われていますが、視覚から後輪の滑りによる姿勢変化を感じ取っている証拠とも言えます。

さらに直進状態でも、後輪がグリップを失っていることも体感できます。グリップを失い加速が鈍ることを視覚から感じ取ることもありますが、聴覚でエンジンの回転数上昇度合いから、後輪が空転し始めたことも感じ取れるのです。

これは実際に音を消したり、音だけ出して目隠ししたりすることでも体感できるからグランツーリスモ恐るべしです。実際私は実車でも、エンジン音が聞こえなくなる状態では、後輪がグリップを失いそうになることに気付きにくくなった経験があります。逆にエンジン音が良く聞こえると、自分のスロットル開度に対して後輪がクリップを失いかけ、微妙に回転数が上昇し、車速に対してエンジン音が大きくなることで後輪のグリップが失われているのを感じ取れていたりもします。

さらには減速時のロックアップも、視覚とハンコンからのフォースフィードバックでもかなりリアルに体感できます。

もちろん実車では姿勢変化が発生していて、ライダーは三半規管から平衡感覚=角加速度、内耳前庭にて加減速Gを感じ取り(図1)、それらの変化と言うか、車速や姿勢のズレから後輪のグリップを感じているとも言えます。

図1:平衡感覚を感知する三半規管と、加速度を感知する前庭神経

さすがに嗅覚と味覚は関係ないかと思うので、一般的に言われている五感とまではいきませんが、視覚、聴覚、触覚+三半規管と内耳前庭の物理量センサー類の五感で、後輪のグリップをドライバーもライダーも感じ取っていると言えます。

【tips_2】お尻で感じる=触覚?

前項では触覚に関する説明が不足気味なのでもう少し深堀りします。 特にコーナリング中ですが、後輪のグリップが失われるとポンピングという現象が発生します。これは後輪のグリップが失われると、ショックアブソーバーのコイルスプリングを圧縮している力が解放されることでショックが伸び始め、グリップが回復すると遠心力などでショックが縮められ、再びクリップを失う……と繰り返されることで、シートが上下に動く状態です。

これはハイグリップタイヤで摩擦係数の高いサーキットを走行すると発生することがよくあります。ポンピング状態になるほど激しくなくても、後輪が微妙に滑るとショックが伸びるので、お尻のセンサーが良い人は車高が変わったことを、お尻の触覚から感じ取っていると私は考えます(図2)。

図2 :後輪が滑るとリアショックが伸びて、車高が高くなったように感じる

もちろんカウンターをあてる必要があるほど後輪が滑った時は、視覚や聴覚と三半規管が感知しているとは思います。

余談ですが、特に今年のモトGPのドカティ車は、リアサスペンションの動きが秀逸で、ほとんどポンピングが発生していません。この伸び縮みの抑制=ダンピングセッティングが、後輪のグリップを限界付近で秀逸に制御されているようにも見受けられます。そして、この微妙な後輪の滑りを、絶妙にコントロールできるライダーは実はウイリーがとてもお上手な方が多いです。前後のピッチングによる角度(姿勢)のコントロールが、スロットルの微妙な開閉で行われる点は、スライドコントロールと通じる部分が多々あると言えます。

青木宣篤さんのようにスライドコントロールが絶妙なライダーはウイリーも上手

【tips_3】タイヤの接地感を感じるには

前輪と後輪の接地感の正体を解説してきましたが、実は前後輪に共通する重要なことがひとつあります。

それは、この接地感というモノは後天的に得られる感覚で、グリップを失うという状態を何度も経験(体感)する必要がある、ということです。その経験をすることで、初めてグリップを失いそうになる不安を覚えられるようになるのです。

初心者のように、体がガチガチになって的確な操縦ができなくなることで車両が不安定になり、転倒する恐怖を覚えるのとはまったく異なります。

グリップを失いそうになる経験≒転倒になるので、これもまた二輪の操縦の難しさです。これは理論的に理解できても、その物理量を体感して身体のセンサー類を磨き上げなければなりません。この身体のセンサーとそれに対するアクションが磨き上げられている例が、マルケス選手の転倒回避能力とも言えます。

逆に、モトクロスのチャンピオンがスーパースポーツでサーキットを初めて高速で走行したときに、「どこまでグリップしてくれるのか限界が分からない」というコメントを、私は何度か耳にしたことがあります。 これこそ路面状況やタイヤの違いによる経験を積まないと接地感を体得できない証拠ではないでしょうか。

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