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地上4m、200km/hの攻防【パドックから見たコンチネンタルサーカス】

レース撮影歴約40年の折原弘之が、パドックで実際に見聞きした四方山話や、取材現場でしか知ることのできない裏話をご紹介。

PHOTO & TEXT/H.ORIHARA

地上4m、200km/hの攻防

アウトドローモ・ナツィオナーレ・ディ・モンツァは、世界でも屈指の高速サーキットだ。イタリアの都市であるミラノ中心部から約25km北上した、モンツァ国立公園内に位置する。

1922年に完成したこのクローズドサーキットは、世界で3番目に建設されたクラシックサーキットだ。開業当初はL字型のロードコースと、30度バンクのオーバルコースの両方を回って1周としていた。そうすることでグランドスタンドの観客は1周の間に2度、走行シーンを楽しむことができた。

現在ではオーバルコースは閉鎖され、ロードコースのみを使用、3つのシケインが設けられた。シケインが増設された現在のコースレイアウトでも、F1の全開率は80%を超え、最高速は370km/hに達している。

全長5793mのサーキットは3つの街にまたがっているため、コーナーにはそれぞれ町の名前が冠されている。3コーナーはビアッソーノ、6〜7の複合コーナーにはレズモ、そして最終コーナーのパラボリカだ。特にパラボリカは超高速コーナーとして有名で、200km/h前後で進入してくる名物コーナーだ。そのクリップ地点には今では使われていない監視ポストのヤグラがあり、フォトグラファーに解放されている。

地上約4mのヤグラは、10人も乗ればいっぱいになってしまうので、フォトグラファーのポジションの奪い合いが激しいポイントだ。良い場所を取りたいフォトグラファー達は、遅くともセッション開始2時間前にはポジションを確保しに行く。

ヤグラの前方は比較的簡単に変わったアングルで撮れる人気のポイント。対してヤグラ後方の角は、クリッピングポイントの真上に張り出しているため真俯瞰から撮影できる、唯一無二の写真が撮れるポイントだ。だが自分の足元4mを、200km/h前後のスピードで走るマシンを撮るのは至難の業だ。そのためか、そこを狙うフォトグラファーはごく少数だ。

いつも通り後方の角のポイントを確保し、予選開始を待つ。遠くからエキゾーストノートが聞こえてくると、戦闘準備にかかる。キヤノンNew F-1に85mm、f1.2を装着し、コーナーに飛び込んでくるライダーを待つ。アウトラップとは言え、ほぼ1周してきたライダー達は、すでにレーシングスピードに近い速さで飛び込んでくる。こっちは心を準備する間もなく、いきなり戦闘開始だ。

張り出したヤグラの手すりから、限界まで体を放り出しカメラを振り続ける。当時のカメラでは、高速連写モードでも撮りたいアングルは1枚しか望めない。フィルムの無駄を抑えるため、モードを連写からシングルに変え一発勝負の撮影を余儀なくされる。そこからは、ひたすら成功を祈りながら体を回し続ける。僕にとっては、あっという間の45分間だ。

弾けるような2ストロークのエキゾーストが止み、静寂が訪れると虚脱感と不安な気持ちで一杯になる。果たしてチャンと写っているのだろうか心配になるほど、この撮影は難易度を極める。しかも仕事の都合上、2度同じポイントでの撮影は許されない。もし失敗していたら、来年まで撮影のチャンスはないのだ。後ろ髪引かれる思いで、パラボリカを後にする。

レースが終わると、スイスのローザンヌ現像所まで車を飛ばしフィルムを渡す。朝6時までに渡さなければ、その日中に現像が上がらないため夜通し走ることも多い。モンツァからローザンヌまでは、約350kmと比較的近い。

フィルムを現像に出して車中で仮眠して、現像されたフィルムをチェックする。今年のチャレンジはどうだったのか、パラボリカで撮影したポジ(フィルム)を真っ先にチェックする。土曜日の興奮が蘇るように、ドキドキが止まらない。やった。写ってる。ルーペ越しに見た写真は、ピントも合っているし露出も適正だ。出来上がった作品に安堵し、空港からポジを日本に送ってイタリアGPが終了した。

一応、写真は確認した。写っているし文句はないのだが、まだまだできる事はある。何をどうしたら、より良くなるのか。そんなことを考えながら、次戦の世界耐久の撮影のため、スパ・フランコルシャンへと向かう。道中パラボリカの攻略から、まだ頭が離れない。きっと一生満足するものは撮れないかもしれない。それでも、またチャレンジすることを考えると、ワクワクが止まらない。

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