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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|リアブレーキを使った二輪の疑似VSC

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察。バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII

四輪では近年安全技術が飛躍的に向上しています。自動運転はその究極かもしれませんが、それらを下支えする車両制御技術の一つに、コーナリング中の安定性向上を図るVSC(ビークル・スタビリティ・コントロール)があります。例えばオーバースピード気味にコーナーに進入してしまった際、タイヤが横滑りしないように、そしてカーブを曲がり切れるように四輪のタイヤ駆動力とブレーキ力の配分を制御する技術があります。17限目では「コーナリング中に前輪ブレーキをかけた時の、スリップ転倒以外の車両運動特性」を解説しました。今回は、二輪におけるコーナリング中のリアブレーキにはどんな作用・効果があるのか、そして二輪のスタビリティコントロールにどう関係するのかを解説をさせていただきます。

tips_1:四輪のスタビリティコントロール

旋回中の四輪の車両運動特性において、代表的なのがアンダーステアとオーバーステアだと言えます。車両が外側に膨らむ現象がアンダーステアで、横滑りはオーバーステアの極端な状態と言えます。

この時、VSCは前後輪の駆動力配分やブレーキ配分だけでなく、左右の配分、つまり四輪すべてを個別に制御し、ニュートラルに旋回できるように制御しています。凄い技術です。

特に横滑り制御はTRC(トラクションコントロール)と似ていますが、フィードバック因子が異なります。

一般的にTRCは前後タイヤの速度差を基準に、タイヤが滑っているかどうかを検知してスロットル開度などを制御します。一方、横滑り制御はタイヤ速度差だけではなく、いわゆるヨーレイト(車両の旋回方向の角速度)センサーなどからも後輪のスリップを検出しています。二輪も開発が進んでいますが、残念ながらまだまだです。

tips_2:定常円旋回中のバランス

改めてですが、図1に二輪の定常円旋回、つまり一定速度で一定の旋回半径で走行中の遠心力との釣り合いと、バイクのバランスを示しています。定常円旋回中はバンク角も一定です。

ここで興味深いのは、バンク角が同じであれば高速で大きな半径で旋回している時も、低速で小さな半径で旋回している時も遠心力はほぼ同じであることです。

遠心力は車両とライダーの総重量(正確には質量m)と旋回半径rと角速度ωの二乗に比例するのですが、角速度ωは接線速度v(車両の速度)を半径rで割ったものになります。従って、遠心力は質量mと車両速度vの二乗の積を旋回半径rで割ったものになります。

tips_3:オーバースピード

さて、みなさんも経験があるかもしれませんが、初めての峠道などで減速してカーブに入ると、思っていたよりも回り込んでいて曲がりきれない、ということがあります。図2のように、車速がそのままでバンク角が同じであれば旋回半径は変わらないので、赤い点線のように反対車線へはみ出したり、最悪の場合はコースアウトしてしまいます。

もちろんそうならないようにカーブの手前で十分に減速することが肝要ですが、曲率を見誤ってしまうことも無いとは言えません。かといって、前輪ブレーキをガツンとかけてスリップ転倒は最悪です。そして17限目でも解説したように、前輪がロックしなくても車両の特性によってはブレーキングトルクステアで車体が起き上がってしまい、たとえ車速が落ちてもやはり反対車線へはみ出してしまう可能性もあります。

tips_4:リアブレーキ

コーナーをはみ出しそうな時こそ、二輪はリアブレーキを使うのです。

もちろん後輪がロックするほど激しいブレーキは禁物です。テールスライドするだけで済めばよいですが、車両をコントロールできなくなったり、最悪の場合は転倒することもあります。

何を隠そう私も若い時にオーバースピード←後輪ロック←テールスライド←大転倒という一連の流れを、一瞬にして経験したことがあります。リアブレーキも実は意外と難しいのですが……。

しかし、車速を上手くコントロールできるリアブレーキは実はとても安全な操作なのです。ぜひ、みなさんもその理論を理解し習得されることをおすすめします。

tips_5:パッシブな二輪のVSC

バイクの後輪はスイングアーム式サスペンションで車体に連結されているのが一般的です。故にスイングアームのピボットを中心に後輪は円弧を描くように上下にしか動けません。前輪のように操舵軸などが無いので、リアブレーキには車両をロール方向に姿勢変化させる効果はありません。厳密にはタイヤの接地点移動とスリップアングルから微少な変化はありますが、ステアリング軸のある前輪ほど大きな影響はありません。

従って、ライダーが焦らず落ち着いてハンドルに極端な変化を与えるような力を加えなければ、バイクのバンク角は変化することなく、車速だけが減速していきます。

そうすると、どのような現象が起こるのでしょうか。少し難しいですが、理論式を理解していただけると謎が解けます。

バンク角が変化せずに減速するということは、遠心力が変化しないということになります。車速vがリアブレーキで v′ に減速すると、遠心力とバランスを取るために旋回半径rがr′に小さく変化するのです。

その結果、あら不思議、図4のようにバイクはスルスルと赤い走行ラインからイン側の青い走行ラインに向きを変えていくのです。

これは、まるで四輪のVSCでアンダーステアな車両運動状態を、電子制御でニュートラルステアへ制御しているのととても似ています。タイヤが2つしかないバイクで、しかも何かのセンサーや高価な電子制御が無くても、ライダーの右足のつま先で的確にリアブレーキを踏むだけで、安全で気持ち良く旋回してくれるのです。

図4に示すように、何もしなければ赤いラインで反対車線へ飛び出すところを、リアブレーキを踏むだけで青いラインで安全に曲がり切れるのです。

ジムカーナの選手はこのテクニックを駆使していて、時にリアブレーキだけでなく、前輪ブレーキでもブレーキングトルクステアが入らないように保舵トルクを制御し、前後輪両ブレーキで減速しながらクルっとパイロンを旋回します。

ここでのポイントは、ライダーはリアブレーキ以外に余計な操作、特にハンドル操作やフロントブレーキをかけるなどをしないことです。曲がり切れないのは、ライダーがドキッとしたりして身体が硬直するなどして腕に力が入り、余計な操作をしてしまうことが最大の原因だったりします。

皆様も真実を知って、安全で快適なバイクライフをエンジョイしましょう。

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