【ヤマハ MT-09 SP×青木宣篤】開けることが楽しい。自然とブラックマークが付く【CP3エンジン、新たなるフェーズ】
初代のデビューから10年。たゆまぬ進化と深化を続けている、MT-09シリーズ。CP3エンジンは扱いやすさを高めることでよりスポーティーになり、クラッチレスでシフト操作可能な「Y-AMT」も採用された。青木宣篤によるMT-09 SPのインプレッションと、「Y-AMT」のテストをお届けする。
PHOTO/S.MAYUMI, K.OKUZUMI TEXT/G.TAKAHASHI, T.TAMIYA
取材協力/ヤマハ発動機 0120-090-819 https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/
時間をかけて熟成したからこの完成度の高さがある
ライディングについてはオタクを自負している私だが、実はメカニズムオタクでもある。そして幸いにも私は、世界グランプリという最高の舞台で、多くの最先端技術に触れることができた。
メーカーが技術の粋を尽くしたマシンに乗れるのだから、面白くないわけがない。その中でも、私は個性的で独特な技術が好きだ。変わっている少数派ほど面白いと思う。
それは量産車でも同じだ。現在ではレアと言ってもいい3気筒エンジンを、私は高く評価する。「現在国内メーカーでは、ヤマハだけが3気筒エンジンを作っている」という事実が、私をワクワクさせてくれる。「ダークサイド・オブ・ジャパン」という刺激的なコピーで売り出された初代MT-09の直列3気筒エンジンは、まさにワクワクものだった。
荒々しいエンジンは非常に魅力的だったが、同時に、スロットルコントロールにはシビアさがあった。国産車とは思えないほどの割り切りで、その分、鮮烈なデビューとなり、国内外で注目を集めた。ヤマハの目論見は狙い通りに成功したのだ。
あれから10年。モデルチェンジを重ねながら直列3気筒エンジンは熟成され、完成度を高め、より扱いやすくなった。新型MT-09 SPを走らせながら、つくづく思う。これは正常進化だ。
パンチが目立っていた直列3気筒エンジンは、「気付けばスピードが乗っている」という、トルクフルかつフラットな特性に様変わりしている。だから、スロットルを開けるのがとても楽しい。
ここは少し説明が必要だろう。刺激的な特性はスポーティに感じやすいが、限界域が近付くほどに扱いがシビアになり、楽しむ余裕がない。一方「フラットトルク」と言うと穏やかな印象で、スポーティとは対極にあるように感じるかもしれない。だが、フラットトルクであるほど、限界域で楽しむ余裕が持てる。スロットルコントロールで思いのままにバイクを操れるからだ。
本当の意味でスポーティなのは、もちろん後者だ。だからこそ新型MT-09 SPは、ネイキッドでありながら、ブラックマークを付けてコーナーを立ち上がることができる。躊躇なく、バンバンと(笑)。
スロットルを開けた時、リアタイヤがどんな状況にあるかが、手に取るように分かるのだ。「そろそろ滑るよ」という情報がふんだんに伝わってくるから、乗り手は安心して攻められる。リアタイヤと密に相談できるダイレクト感が、本当に楽しい。
最近のエンジンは電子制御されており、パラメーター次第でさまざまな特性を表現できるようになった。しかし新型MT-09 SPの直列3気筒エンジンは、素──つまりメカニカルな部分から丹念に作り込まれているのが分かる。メカオタクには実にうれしい仕様である。
初代MT-09がいったんは尖ったエンジン特性で登場し、時間をかけて進化したからこその完成度の高さが、ここにある。熟成の趣、と言えるかもしれない。
少々難しい話になってしまったが、ざっくり言えば非常に素直で扱いやすく、乗りやすく、万人が受け入れやすいエンジンに仕上がっている。ヤマハはこのエンジンを「CP3」と呼んでいる。「クロスプレーン・コンセプトの3気筒エンジン」、つまりスロットルワークひとつで意のままにコントロールできる、という開発思想だ。
10年前に登場させた個性的な直列3気筒エンジンを、しっかりと育てて行こうとするメーカーの意思。そしてそれがしっかりと織り込まれたエンジン特性には好感が持てる。
あえて難癖を付けるなら、スロットルを閉じた時にごくわずかな違和感があった。恐らく電気的な補正によるもので、ウイリーの角度をコントロールしている時や、ハードなエンジンブレーキをかけた時に、想定よりわずかにバイクが進んでしまう。
──かなり限定的な場面でのちょっとした違和感で、一般的にはあまり関係ない話ではある(笑)。逆に、微細な違和感に気付いてしまうほど、全体的な完成度が高い、と言える。
この直列3気筒エンジンを搭載した車体は、思ったよりも剛性感が高い。つい最近、ハーフカウル装着でよりスポーティーな印象のXSR900GPに試乗したばかりだが、意外なことにネイキッドの新型MT-09 SPの方が車体まわりはカッチリとしている。
素の車体剛性が高いとなれば、サスペンションセッティングがより面白い。サーキットでの試乗だったため、出荷時状態ではリアサスペンションがソフトだったようだ。スロットルコントロールが楽しいからどんどん攻め込んでしまうのだが(笑)、ペースが上がるとリアが入りっぱなしになってしまい、挙動に分かりにくさがあった。
そこでリアサスペンションにイニシャルをかけてみる。SP専用装備であるオーリンズ製で、リモート調整式プリロードが備わっているから、工具不要でノブを回すだけ。
極端に7回転ほどしてみると、印象は激変した。高荷重時にもリアサスがしっかりと戻ってくるので、挙動がさらに分かりやすくなった。
これは楽しい! SPはフロントにも専用仕様のKYB製倒立フォークをおごる。前後ともにサスペンションの調整範囲が広いので、時間をかけてじっくりセットアップしたくなる。直列3気筒エンジンのフラットトルクさと合わせて、とことんスポーティに楽しみたいバイクだ。
ネイキッドという汎用性が高いカテゴリーであること。そして扱いやすく、素直なエンジン特性であること。これらからすると、街乗りからツーリングまで余裕を持ってこなせるバイクだということが分かる。この懐の深さなら、公道での使い勝手も非常に良好だろう。
しかしせっかくSPの名を冠しているのだから、たまにはこうしてサーキットを走るのもいい。少なくとも私は、「もっと攻めたい」と思えた。
そういえば、SPの専用装備として、ブレンボ製モノブロックキャリパーも装着されていた。かなりのペースで走っても、レバーストロークは安定していて、効力もリニアリティも十分だった。やはりサーキットでポテンシャルを解き放ちたくなる、贅沢なネイキッドだ。
(青木宣篤)