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【パドックから見たコンチネンタルサーカス】パッセンジャー

レース撮影歴約40年の折原弘之が、パドックで実際に見聞きした四方山話や、取材現場でしか知ることのできない裏話をご紹介。

PHOTO & TEXT/H.ORIHARA

MotoGPの前身であるWGP時代、サイドカーのレースが行われていた。

1996年までWGPで開催されていたが、翌年からは独立シリーズとして催されることになった。

僕がWGPを撮影していた頃は、年間6〜8レースが行われていたと記憶している。アッセンやユーゴスラビア、スウェーデン、ドイツ、チェコスロバキアGPなどで回されていたと思う。

この頃は、125、250、500ccのレースに加え、80ccとサイドカーで最大5カテゴリーのレースが行われていた。そのため金曜日と土曜日は、午前午後で各1時間ずつの走行があり、1日に10時間撮影していた。

まさに朝から晩まで撮影に追われ、夕方にはクタクタになっていたことを鮮明に覚えている。

それでも1日の最後を走るサイドカーを撮影していたのは、面白いと感じられたからに他ならない。サイドカーは二輪のレースにおいて、まるで四輪レースを撮影しているかのような感覚だった。

しかも運転しないパッセンジャーの存在が、四輪にないプラスアルファの要因として撮影意欲を掻き立ててくれた。

初めてサイドカーを見た時には、パッセンジャーはただのバランス取り、言い方は悪いが、動くバラスト程度にしか見ていなかった。ところがトップを走るマシンと、後方を走るマシンではパッセンジャーの動きが大きく違っていた。

特に目を引いたのは、ビラント選手のパッセンジャーであるワルデガルド選手だった。

パッセンジャーはコーナーリング中、パッセンジャーシートから体を乗り出してコーナリングスピードを上げるのが大きな役割だ。

そのため右コーナーでは、ライダーの後方に体を乗せ、左コーナーではサイドカーのさらにイン側に体を投げ出す。要するに、動けないライダーの代わりにハングオフするのだ。2ストローク500ccのモンスターマシンが、全開で走る中この動きは勇気と体力が試される。

そんな中、ワルデガルド選手は、上体を極限まで路面に近づけていた。左コーナーでは、肩が路面に接地するのではないかと思うほど乗り出す。インリフトしてしまうコーナーでは、下手すればタイヤより下まで上半身を投げ出す。

通常右コーナーではライダーの後方にへばり付くように乗るのだが、彼は体をくの字に曲げ、頭を路面スレスレまで持っていく。

四輪のF3用タイヤのグリップを考えればヘアピンでも50km/h、高速では150km/hオーバーでコーナリングする。そのスピードで、ヘルメットと路面は10cmと離れていない。

上半身の中でも重い部類の頭を、極限まで落とすことでコーナリングスピードを稼いでいるのだ。

ワルデガルド選手はその落とし方が、半端ない。僕が撮影した最後の頃には、ヘルメットの頭頂部にスライダーが貼り付けられていた。

しかもそのスライダーは、予選後には擦れた跡がクッキリとついていた。人間の頭の重さは約5kg。重心を下げることが重要なのは理解できるが、そこまでやるかと驚いた。現にそこまで気合の入ったパッセンジャーは、彼以外に存在しなかった。

ドイツ語以外話さないワルデガルド選手。僕が会話を交わすことはなかったが、サイドカーまでしつこく撮影するカメラマンは少なかったし、日本人でパドックに住んでいた僕を認識していて、会うたびに挨拶だけは交わしていた。

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