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2024年 YAMAHA MotoGP 変化の起点

「明けない夜はない」と、人は言う。明け方を待つ時間は、ひどく苦しくてつらく、そして長く感じるものだ。だが、ヤマハは闇の中で変わることを選んだ。そのエネルギーは、2025年につながっている。

PHOTO/YAMAHA, E.ITO
TEXT/E.ITO
取材協力/ヤマハ発動機 
0120-090-819 
https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/

前年よりも下がった順位しかし、その内情は

ヤマハの2024年シーズンを、リザルトから振り返る。コンストラクターズランキングでは、5メーカー中4位。チームランキングは、11チーム中8位。ライダーズランキングとしては、ファビオ・クアルタラロが13位、アレックス・リンスが18位である。優勝もなく、表彰台の獲得もなかった。2023年シーズンと変わらず、あるいは順位を下げる結果となった。

これを踏まえれば、ヤマハは今も暗澹たる状況の中にいるように見える。だが、本当にそうだろうか? 2024年の年の瀬に行われたMotoGP取材会で、開発陣に話を聞いた。

2023年を踏まえ、2024年のYZR-M1は主にトップスピードの改善を重点項目として開発が進められた。シーズン序盤は、確かにトップスピードを改善することができたが、代わりに「ハンドリング」や「切り返しでバイクが重く感じる」といった新たな課題が生まれたという。

そうした状況の中、ヤマハはプライベートテストやレースウイークを通じて、新しいことにトライし続けた。2024年はコンセッションのシステムが変更され、ヤマハは規制が最も緩和されるランクDを受けている。これにより、これまで不可能だったレギュラーライダーによるプライベートテストの実施や、テスト用タイヤの本数の優遇、本来は開幕前に凍結となるエンジンのアップデートが可能になった。ヤマハは、テスト用タイヤ260本を使い切るほどのプライベートテストを行った。

MS統括部MS開発部プロジェクトリーダーの増田和宏さんは、次のように説明する。

ヤマハ発動機 MS統括部 MS開発部 プロジェクトリーダー 増田 和宏氏
ヤマハ発動機 MS統括部 MS開発部 プロジェクトリーダー 増田 和宏氏
2005年入社。モトクロス車両の車体設計、MotoGP車体設計を経て、2022年、MotoGPのテストチームリーダーに。2024年からMotoGPのプロジェクトリーダーに就任した

「エアロ、車体、エンジン、制御、あらゆる方面からその時の課題に対して手を入れていくことを積極的に進めました。チームやライダーも理解してくれて、積極的にレースウイーク中にも新しいことにトライしてバイクの開発を進めていきましたね。オフィシャルライダーによるプライベートテストの機会もどんどん設けて、シーズン半ばあたりで、自分たちのよくなかった要素の一つを見出すことができました」

この結果、サンマリノGPあたりからヤマハのリザルトが上向き始めた。終盤戦のマレーシアGP決勝レースでは、クアルタラロが6位、リンスは8位でゴールしているが、これが2人の2024年ベストリザルトとなった。

成績が振わなくともライダーは全力で乗ってくれた

2024年シーズンのアップデートについて、「なにもかもやった」と増田さんは言う。「そして、今までの自分たちのやり方の延長線ではないことに、たくさんトライしました」

その一つが、〝時間軸〞である。

「従来はリクエストを受けたあと、検討やものづくりに必要な時間が前提条件となるところを、もっと別のやり方で時間を短くできるアイデアが本社メンバーから出るなど、トライに前向きな議論が多くなりました。そのおかげで、これまでと比べてびっくりするようなスピードでトライできました。

完璧な状態ではなくてもいいから持ってきて、何かトラブルがあれば現場で対応、といったやり方にしました。ヤマハは従来、手堅く進めるスタイルだったのですが、そのマインドをだいぶ変えたんです」

エンジンやシャシーについては、およそ5仕様を試したという。そのため、多くのレースウイークで、2台のバイクのエンジンやシャシーの仕様が異なるという状況だった。

もちろん、ライダーにとってもエンジニアにとっても、決して好ましい状況ではない。レースウイークはあくまでもレースでのパフォーマンス向上を目指して進められるものだ。しかし、クアルタラロやリンスは、いわゆる〝テスト〞をしながらレースウイークを過ごしていた。

増田さんは、そうした難しい状況の中で仕事を果たしたクアルタラロとリンスへの感謝の言葉を口にする。

「特に、開幕当初の僕たちのバイクは乗りやすいとは言えなかったんです。それでも、ファビオとアレックスは、どのレースでもハードプッシュをしてくれました。レースが終わってバイクを降りたときに、ふらふらになっていることは1度や2度ではなかったんです」

その話を聞きながら、フランスGPのコースサイドで見たクアルタラロの走りが思い浮かぶ。その力のひとしずくも残すまいとするような全力の走りは、胸を打った。そして、これほど苦戦している最中──例え母国グランプリだとしても──ここまで攻められるメンタリティにも感服した。あのような走りをするライダーがいることは、チームにとって心強いことだろう。

「ピットの中の雰囲気が、成績なりに悪かったわけではありませんでした。その雰囲気を作っていたのは、2人のライダーです。いつも前を向いて、たまには馬鹿なことをして(笑)、ピットの空気を変えてくれて、本当に助けられましたね」

クアルタラロは、自身の走り方を変えようとチャレンジしていた。そう話すのは、担当サポートエンジニアの矢田真也さんだ。

ファビオ・クアルタラロ サポートエンジニア 矢田真也氏
ファビオ・クアルタラロ サポートエンジニア 矢田真也氏
2013年入社。MotoGPのエンジン実験を経て、2018年よりサテライトチームのサポートエンジニアを務める。2021年からはファビオ・クアルタラロを担当している

「ダッシュボードの『SMOOTH』は、彼自身が書いたものなんです。彼の強みはブレーキングですが、攻めすぎるとあとがつらくなる。少しでもバイクを速く走らせられるように努力していたんだと思います」

開発陣の尽力に応えようと、ライダーもまた、努力していたのだ。

バルトリーニがもたらしたヤマハへの大きな影響

シーズン中に多くのアップデートが行われたというが、方向性に戸惑うことはなかったのだろうか? やはり「前のほうがよかったのでは」と頭をよぎることが何度もあった、と増田さんは言う。ただ、ここにヤマハの大きな変化の一つがある。テストの仕方を変えたのだ。これに影響したのは2024年からヤマハ・ファクトリー・レーシングのテクニカル・ディレクターに就任した、マッシモ・バルトリーニさんである。イタリア人のバルトリーニさんは、前年までドゥカティでビークル・パフォーマンス・エンジニアを務めていた人物である。テストだけではなく、ヤマハに大きな影響を及ぼした。

「テストのやり方、レースウイークの進め方、物事の判断の仕方という点において、すごく変化を与えてくれました。僕たちにとっても、非常に、気付きが多かったです。僕たちはヤマハの素性で育っていて、安全サイドの判断を選びそうになるのですが、そんな時にテクニカル面での責任者である彼が、安全性はこれまで通り妥協しない前提で『リスクはわかった。あとのリスクはこっちでマネジメントするから、(その物を)持ってきて』と、しっかりみんなの前で言葉にしてくれる。それが、みんなの背中を押してくれました。そうじゃなかったら、迷いながら、時間をかけて検証していたでしょうね」

リンスのサポートエンジニア、星野仁さんも、「データの見方、セッティング、ライダーのコメントに対しての考え方などについて、勉強させられることがすごく多かった気がします」と言う。

アレックス・リンス サポートエンジニア 星野 仁氏
アレックス・リンス サポートエンジニア 星野 仁氏
1985年入社。SBKでの芳賀紀行チーフメカニック、GP500で芳賀のサポートエンジニアなどを経て、2019年よりMotoGPサポートエンジニアを務める。2024年よりリンスを担当

増田さんは、バルトリーニさんの「キャラクターに助けられた部分が大きい」とも語る。

「イタリア人にとって初対面のたくさんの日本人と会話するのは簡単ではなかったと思いますが、マックス(バルトリーニさんの愛称)はそこに手を抜かず、みんなと会話を尽くして、人間関係を作っていってくれたんです。彼は『ヤマハのやり方は間違っている、こうすべきだ』とは決して言いませんでした。経験とは違うところはあっても、いったんそれを受け入れ、思うことを共有したり、しっかり会話をして結論を出していきました。それを積み重ねるうちに、自分たちの考えをあらためる場面があったんです。そうしたことをみんなが積み重ねていった結果、『考え方を変えてやってみようか』という変化が各所で起きたんです。それが、一度や二度でありませんでした。そうして、ヤマハの、日本人の仕事のやり方、開発のやり方を変えることができたのだと、私は感じています」

話を聞いていると、開発陣も、チームも、ライダーも、まさに一丸となって状況を変えようと改善を目指している様子が目に浮かぶ。

「この順位だけ見れば、お葬式みたいな空気でもおかしくないと思いますが、暗い空気になっていると感じたことはなかったですね。ライダー、マックス、開発陣が同じ方向を見て進んでくれました」

増田さんは「その空気を自分が作っています、と言えればいいんですけど……」と苦笑いする。けれど、「『みんな』が前向きな空気を作っているんです」と彼らを率いる増田さんが言うそれは、今のヤマハの明るい状況と、いい意味での集団の力を伝えているように思える。

9月のサンマリノGPのころには、課題の一つだったリアタイヤのグリップ不足について、改善の糸口をつかんだという。2024年はリアタイヤのキャラクターが前年と同じではなく、合わせ込むことができれば高いパフォーマンスを発揮するが、スイートスポットを外せない難しいタイヤになった。リアグリップは、引き続き改善が必要な課題だ。

クアルタラロ本人が後半戦のどこか、土曜日の夜に書いたという「SMOOTH」の文字。クアルタラロも自分のライディングを変えてまで、改善に取り組んでいたのだ

2025年の改善点について、増田さんはこう語る。

「リアのグリップ不足のために、コーナー進入や加速がうまくいかないというのが現状です。また、シーズン後半に劣ってしまったトップスピードですね」

2024年のヤマハは、すさまじい勢いで変化と前進を続けてきた。それを知った今、2025年のヤマハYZR-M1の走りに再会する日が、待ち遠しいのだ。

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