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マルク・マルケス|勝利に対する飢え【パドックから見たコンチネンタルサーカス】

レース撮影歴約40年の折原弘之が、パドックで実際に見聞きした四方山話や、取材現場でしか知ることのできない裏話をご紹介。

PHOTO & TEXT/H.ORIHARA

‘13年に、久しぶりに撮影対象に興味を持ち、自分から行動を起こし撮影を切望した。それまで一度もリアルで見ることのなかったマルク・マルケスだ。マルケスに関して最初に興味を惹かれたのは、噂のライディングだ。

当時はまだ「コーナリング中に肘を擦ってる」こと自体が特異だった。僕がGPを撮影していた’80〜’90年代では、肘を擦るイコール転倒だった。それが日常的に肘を擦りながらコーナリングする選手が現れたのだから、それを撮影しないという選択肢は無かった。きっかけは、そんな上っ面だけだった。

【マルク・マルケス】1993年スペイン生まれ。2008年にGP125クラスから世界GPに参戦開始。2010年にGP125、2012年にMoto2を制し、2013年からMotoGPに昇格。参戦初年度を含めて、最高峰クラスで合計6度の王座を戴冠。11年在籍したホンダを離れ、2024年からドゥカティ陣営へ移籍。今年からドゥカティファクトリーから参戦する

茂木に行くと、噂通りマルケスはマシンを深くバンクさせ、肘を擦りながらコーナーをクリアしていた。それどころかあまりのバンク角の深さに、行き場を失ったインサイドの足はカウルと路面に挟まれるようにたたまれていた。そして、恐ろしいスピードで駆け抜けていく。

このライディングは衝撃だった。マルケスの登場で、僕の見てきた経験からは想像もつかない域に達していると感じた。だが生で接するマルケスは、ライディング以上に人としての魅力に惹かれる思いを止めることができなかった。

それからはただテレビを見ているだけで収まるはずもなく、年に1度の日本GPを待ち焦がれた。期待通り、マルケスは常に新しい驚きを見せ続けてくれた。それはライディングだけではなく、レースに挑む姿勢そのものだ。

シーズンオフに行われるエンジョイホンダのイベントを撮影した時、CBR250のワンメイクレースの最終戦が組まれた年があった。マルケスはそのレースに参加し、グリッド最後尾からスタートしブッチギリでチェッカーを受けた。これからプロになろうとする子供とGPライダーが競ったのだから、その結果自体は当然だ。

ただそこに参加した全ての子供たちは、マルク・マルケス選手に抜かれた経験を得たのだ。夢のような話ではないか。好意的な見方をすれば、マルケスは走ることで子供たちに夢を与えたのだ。もちろんその事実には、いっぺんの曇りもないだろう。でももしかしたらマルケスは、どんなレースでも勝ちたかっただけなのではないか。いつものグランプリと同様に。

少しでも人より速く走り、レースで勝つ。そのためにマシンに対する要求は、どのライダーより厳しくなる。そのせいで、エンジニアとの関係も微妙になるかもしれない。妥協しないがゆえチームメイトとの確執を生み、孤立することも少なくないはず。凡人なら一歩引いてしまうような場面でも、勝つためなら自分の意思を貫き通す。周りから疎まれようが、誹謗中傷を浴びようが、自分がしたいことを貫き通す。そんな資質を持ち、結果を出す人間が怪物であり、チャンピオンを狙える人間なのだろう。僕が強く惹かれる部分もそこなのだと感じる。

ヴァレンティーノ・ロッシとの確執は、その最たるものかもしれない。ロッシが敵対心剥き出しにしていることが、マルケスには理解できないのかもしれない。それは記者会見や、当時のマルケスの表情を見れば察しがつく。

マルケスにとってロッシは、全力を出しても勝てるかどうか分からない唯一のライバルだったのかもしれない。そこまでの相手だから、勝つために何でもしたのだ(なんでもしたとは言え、側から見ている分にはフェアなものだった)。逆に多少アンフェアなことをされても、抗議する様子もなかった。たとえアンフェアな行動でも、勝つための一つの手段として相手が選んだのだと割り切れたからかもしれない。

マルケスは、昨年ホンダからドゥカティに移籍した。おそらくホンダの中でも、大きな問題になったはずだ。そして今年はレッドブルと袂を分かち、ドゥカティのファクトリーライダーとなった。理由は単純、勝つために必要だったから。ここに尽きる。

デビューからずっとサポートしてくれたレッドブルやホンダと離れるのは、マルケスにしても内心穏やかであったはずがない。それでもグランプリで勝ちたいという気持ちを抑えることができなかったのだろう。何度チャンピオンを獲っても、勝ちへのこだわりやモチベーションをキープできるメンタルは想像を絶する。

ホンダからドゥカティにコンバートして2年目。戦う道具もファクトリーマシンを手に入れた。ある意味、自らを言い訳のできない状況に追い込んだとも言える。凡人ならプレッシャーに押し潰され、天才であっても実力を発揮し切れない場面でもある。それでも自らを追い込んだ怪物は、どんなシーズンを送るのかワクワクさせられる。

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