「ドライサンプ」と「ウエットサンプ」の違いは? 【今さら聞けないバイクのギモン】
まずは「ドライサンプ」と「ウエットサンプ」の基本を知ろう。
ドライとウエットは何が違うの?
イラスト右のドライサンプは独立したタンクにオイルを溜めていて、エンジンとを結ぶオイルラインを経てエンジンのオイルポンプで各部へ圧送され、またタンクへ戻される。左のウエットサンプはクランクケース下にオイル溜めがあり、ここから直接ポンプで各部へ圧送するシンプルな構成。
ドライの「CB750Four」とウエットの「Z1」
ドライサンプが主流だった旧車の多くは、現代ネイキッドのサイドカバーがある部分にオイルタンクを配置していた。国産初のナナハンCB750フォアも、外国製の大型バイクにならって右側面にオイルタンクのあるドライサンプだった。
最新鋭の900㏄DOHCエンジンを採用し、CB750フォアのライバルとして登場。ナナハンの国内仕様がゼッツー(Z2)と呼ばれたこの名車は、デザインこそトラディショナルだが、オイルの潤滑方式はウエットサンプ。シート下のサイドカバー内側にあるのはエアクリーナーだけだった。
「ドライサンプとウエットサンプの違いは?」
フジタ/バイクのスペックにウエットサンプとかドライサンプと分類してありますよネ。まったく理解してないんですがこれ何の違いなんですか?
先生/英語でsump はオイル溜めのこと。つまりエンジンオイルを溜める方式の違いで、ウエットとドライと分けてるんだナ。一般的にはウエットサンプと言って、エンジンのクランクケース下にオイルパンがある方式がほとんど。エンジンオイルはシリンダーヘッドの上にあるカムシャフトなんかを潤滑するため、オイルポンプで圧送され、それが自然落下にまかせて下へ落ちてくる。落ちてきたオイルはクランクケース下のオイルパンに溜められ、そこからポンプでまたエンジン上に送られる循環を繰り返すというわけだ。
ドライサンプとは?
フジタ/エンジンオイルを交換するとき、ドレンプラグがクランクケース下にあってこれを外して出しますよネ。新しいエンジンオイルを入れるキャップがクランクケースのクラッチの上にあって、そこから注入するのはやったコトがあるので分かります。するとドライサンプというのはそれ以外の方式ってことですか?
先生/ドライサンプはエンジン下に大きなオイル溜めを持たず、他の場所にオイルタンクがあってそこから各部へオイルを圧送するポンプだけでなく、落ちてきたオイルをスカベンジポンプという回収専用ポンプがあってオイルタンクへ戻すんだ。
フジタ/そのオイルタンクってどこにあるんですか?見た記憶ないナァ。
先生/大抵はシート下にあるよ。今だとハーレー、昔だとCB750フォア、カワサキのW1なんかもシート下の右側にタンクキャップが顔を出してるからひと目で分かる。そうそう、今でもトラディショナルなデザインのバイクは、シート下に逆3角形のサイドカバーがあるじゃない。アレってドライサンプのオイルタンクをイメージしたものなんだよネ。
先生/昔からバイクにはあの場所にオイルタンクがあるのが常識だったから、デザインとして必然だった時代が長かった。その名残としてあそこにオイルタンクのカタチをしたカバーを付けないと、見た目に間抜けだったんだナ。
見た目だけでは判断できない!「SRはドライサンプ」
フジタ/なるほど、トラッドバイクの代表格ヤマハ・SR400もあそこに逆3角形のサイドカバーありますもんね。実際はウエットサンプなのに、あれはオイルタンクの名残なんだァ。
先生/オッと、SRはドライサンプ。オイルタンクはガソリンタンクの内側にある、フレームのパイプを利用しているんだ。
フジタ/エエッ!? フレームのパイプって、内側の空洞になってる部分をオイルタンクにしてるんですか? また何でそんな凝ったつくりにしなきゃならなかったんでしょう。だってトラディショナルなデザインを目指してるんだったら、それこそサイドカバーじゃなくてそこに本物のオイルタンクを置けば良かったじゃないですか。
先生/確かに。でもネ、SRはもともとXT500というオフロードバイクがベースで、このバイクがドライサンプでフレームをオイルタンクに利用していたからなんだナ。本格的なオフロードバイクは、エンジン下が岩とかにぶつからないよう最低地上高を上げたいよネ。そうなるとオイルパンが邪魔になる。
だからドライサンプにして、スリムなほうが運動性で優位なオフロードバイクを考えたとき、サイドにオイルタンクを置かずにフレームのパイプを利用したってことだ。勘違いしないで欲しいのは、ドライサンプは旧い方式じゃないってこと。むしろよりハードな要求に対して、今でも積極的に採用されているくらいだ。
オフロードバイクの主流はドライサンプ
フジタ/なるほど、本格的なオフロードバイクは今でもドライサンプが主流なんですか?
先生/大きな排気量のビッグシングルは、ほとんどがドライサンプだネ。エンジン単体を見ると驚くほどコンパクトなのは、クランクケース下に大きなオイルパンがないからで、これは実際に見てもらえばすぐ分かる。
フジタ/ドライサンプだと必要になるオイルタンクを、SRのようにパイプフレームで代用するというのも面白いアイデアですよネ。他にも車体の構成パーツをオイルタンクに利用しているバイクはあるんですか?
先生/そうだなァ。特殊な例だとハーレーのエンジンを積んだビューエルは、何とスイングアームをオイルタンクに活用している。ハーレーの伝統的なVツインは、そもそも昔からドライサンプだったけれど、この巨大なエンジンをコンパクトなスポーツバイクに仕上げようと、ビューエルはさまざまな工夫を凝らしている。
オイルタンクだけでなく、燃料タンクもツインスパーのフレームを利用して、他にはない軽やかな乗り味を得ているよネ。ドライサンプだった基本設計の旧いエンジンをデメリットとせずに、むしろドライサンプでしかできないコトを考えた良い例といえる。
オフロード以外でドライサンプを採用するバイクは?
フジタ/ところでオフロード以外で、新しく設計されるエンジンにわざわざドライサンプを採用するって場合はあるんですか?
先生/BMWのK1300系の4気筒エンジンがドライサンプ。これは独特な足周りを前提にしたフレーム構成に深く関係している。BMWは従来のテレスコピック・フロントフォークから脱却したフロントサスにチャレンジしてるよネ。
日本車と同じ水冷横置き4気筒を搭載する新しいKシリーズは、フロントサスがデュオレバーという、クルマのダブルウィッシュボーンに似た方式で、ストロークしてもアライメントが変わりにくいメリットを狙ったサスを採用していて、ツインスパーのフレームが極端に低くできる。そこにマウントするエンジンとして、シリンダーが深く前傾してフレーム下へ格納できるような構成としたとき、クランクケース下のオイルパンが邪魔になった。そこでドライサンプにして、オイルタンクを後輪の前に持つレイアウトを採用したってワケだ。
フジタ/これ、猛烈に低重心ってコトですか? クランクシャフトの位置がスイングアームのピボットより低いじゃないですか。
先生/そう、だから300km/hが可能なパフォーマンスだけど、安定していて軽快さも両立できている。ロール軸が低いから、大袈裟にバンクさせなくても思い通りに曲がれる。日本車のフラッグシップが、軽量化と剛性確保で苦労しているのに対し、基本構成から変えて新しい次元の乗り味を狙っているところがすごい。
これなんかドライサンプじゃなきゃできない典型って言えるけれど、実はこのエンジン、設計したのがF1カーに搭載されるBMWエンジンを設計したのと同一人物なんだ。発表会で、F1ではドライサンプは常識なんで、最初から疑いもせずドライサンプだった、なんて言ってたっけ。
F1カーがドライサンプを採用している理由
フジタ/F1カーってドライサンプなんですか?レースだからやっぱり低重心化を優先してるんですよネェ。
先生/そうじゃなくて、猛烈な横Gに対応しているからだヨ。コーナリングフォースに対しドライバーは首を鍛えてないと通用しないって言われるよネ。つまりウエットサンプだと、そのコーナリング中にオイルがオイルパンの底にいられず、横の壁に張り付いてしまいポンプが吸い上げられなくなって焼き付いてしまうんだ。
ホンダが初めてF1にチャレンジしたとき、世界GPを制覇したオートバイエンジンの延長線上で高出力を実現して走ったら、開発中には経験のなかった焼き付きを起した。日本じゃそんな横Gは想定してなかったんだ。
フジタ/すると、スポーツカーなんかもドライサンプなんですか?
先生/スーパーカーだとF1と同じ理由でドライサンプだけど、スポーツカーでも常識的にはウエットサンプ。そんな横Gかかりっこないからネ。でも有名なところだとポルシェがドライサンプ。これは空冷エンジンを油冷といってオイルも使って冷却するため、オイル容量が11リットル以上と途方もなく多いから、ウエットサンプのオイルパンってわけにはいかなくなった。こんな風に、機能によってドライサンプが採用されるコトも少なくない。
フジタ/フ~ン、ドライサンプが旧い方式という概念が間違ってるのは分かりました。でも聞いていると、何だかドライサンプのほうがエライのかもって気になっちゃったんですけど、そうじゃないんですよネ?
モトGPのマシンがウェットサンプなわけ
先生/たとえばモトGPのマシンはウエットサンプだよ。バイクのコーナリングは傾いて遠心力と釣り合うから、どんなに激しいライディングでもオイルが横に張り付くことはないからネ。ただエンジンの上下の長さを縮めてコンパクトにしたいだろうし、低重心を得たい狙いもあるだろうから、オイルパンの容量が小さくてオイルタンクを補助的にクランクケース内に持つ、セミドライサンプは今後も考えられるだろうナ。
先生/市販されるバイクだと、最低地上高が低くてもOKなら、オイルタンクやオイルを戻すポンプも必要としない、シンプルな構成のウエットサンプのほうが効率良いわけで、何も低コストなローテクってことにはならないヨ。でもスポーツバイクは、エンジンを車体の強度メンバーにしたり、増えてきたVツインのカタチを利用した超スリムでコンパクトな車体構成だったり、さまざまな発想がこれからも浮上してくると思うし、我々も期待したいトコロ。
そんなとき、性能面や機構面、それに重心やエンジンのカタチなどバイクの狙いを左右する鍵を握るひとつとして、ドライサンプの採用というのは可能性が高いだろうネ。
飛行機のエンジンはドライサンプ?ウェットサンプ?
フジタ/バイクとかクルマから離れますけど、聞いていると飛行機は絶対にドライサンプって確信できるんですけど、違います?
先生/ハハハハッ、宙返りするからか?
フジタ/逆さでも飛びますから、ウエットサンプじゃ焼き付いちゃう。
先生/それ以前に第二次大戦の戦闘機や爆撃機は、ひまわりやタンポポの花のようにシリンダーがいくつも外へ向かって突き出たエンジンが大多数で、いわゆる空冷星型エンジンと呼ばれてた。これなんか下を向いたシリンダーもあるから、ウエットサンプとかあり得ないじゃない。飛行機じゃなくてもオイルタンクがあって当り前なんだよ、本来は。
ルーツっぽい説明をすると、内燃機関の前に蒸気機関があったろう?これなんか潤滑といっても油を塗るだけだった。ガソリンや軽油を燃やす内燃機関も、最初はメカニズムの往復や回転がゆっくりだったんで、蒸気機関と変わらない油を塗布するくらいで済んでいたけれど、パーソナルな移動手段としてバイクやクルマのエンジンとなると、小型で高出力が求められ、それには爆発回数を増やすのが手っ取り早いから、メカの往復や回転が速くなって、塗ってたんじゃ追いつかないからオイルを入れたタンクからポタポタと垂れ流すようになった。
でもこれも長距離・長時間を走れるようになってきたので、オイルは垂れ流さずタンクへ循環させ繰り返し潤滑する、そういう進化なワケ。だから考えるまでもなくドライサンプというより、オイルタンクは必然だった。そのオイルタンクをタンクとして独立させず、エンジンに組み込んだのがウエットサンプ、こう言えば納得してくれるかナ?
フジタ/旧いからカッコいいのか、新しいからカッコいいのか、でも賢いからカッコいいとも思えるし、どっちもアリって言われると、ホントはどちらがエライのか、教えて欲しいデス。
先生/「…………」