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91年ドイツグランプリを振り返る ケビン・シュワンツが語るファイナルラップとは?

フォトグラファー折原弘之が振り返る パドックから見た コンチネンタルサーカス 今回は、91年のホッケンハイムでケビン・シュワンツが見せた限界ギリギリのチャレンジの裏にある、彼の哲学について、をお届けしよう。

ケビン・シュワンツ(#34)ファイナルラップの掟

91年のドイツグランプリを、見た方は覚えているのではないだろうか。そうホッケンハイムの旧コースで行われた、ウェイン・レイニーとケビン・シュワンツの最終ラップの攻防のことだ。

当時のホッケンハイムは、グランプリサーキットの中でも名うての超高速コースだった。最終のスタジアムセクションを除けば、全長7㎞弱のオーバルコースに2つのシケインを設けたレイアウトだ。当時、ストレートスピードで劣ると言われたスズキRGⅤ-Γには不向きとされていた。それでもシュワンツは、スリップストリームを有効に使いなんとかトップ争いに加わっていた。

エディ・ローソン、ミック・ドゥーハンが、レイニーから遅れだし、レース終盤はレイニーとシュワンツのマッチレースとなった。 そして迎えた最終ラップは、とてもエキサイティングな展開となった。第二シケイン入り口でシュワンツがレイニーのインを差しトップに立つ。しかし無理な追い越しがたたり、立ち上がりで抜き返されてしまう。

そして最後の勝負ポイントである、インフィールド入り口を迎える。第二シケイン立ち上がりでシュワンツを差し返したレイニーがインフィールド入口に向けてアウト側からアプローチ。シュワンツは、信じられないブレーキングでインを突き、レイニーを差し返した。そのまま二者はもつれるようにヘアピンに向かうが、シュワンツが差し切り最初にチェッカーを受けた。

ケビン・シュワンツ(#34)
64年テキサス州生まれ。ヨシムラの契約ライダーとしてAMAスーパーバイクで活躍後、88年からスズキのエースとして世界選手権500ccクラスに参戦。初レースでいきなり優勝するなど鮮烈な活躍を見せ、93年には500ccクラスで年間チャンピオンを獲得。愛称は「フライング・テキサン」

この時のインフィールド入口の、シュワンツのブレーキングは神がかっていた。フロントフォークはフルボトム、ストッピングパワーに耐えきれないリアタイヤはブレイク。左右にスライドするリアを、巧みになだめすかしコーナリングラインに乗せてきた。

シュワンツのテクニックを持ってしても、二度とできないブレーキングだ。しかしベストラインから自身最速のコーナリングで進入するレイニーのインをつくのだから当然のことかもしれない。そんな大興奮のドイツGPを終え、コンチネンタルサーカスは次戦オーストリアへ。僕もオーストリアのザルツブルグへと向かった。

ザルツブルグには、パドック側にレストランがありそこのウィンナーシュニッツェル(トンカツ)が抜群に美味い。それをつまみにビールを飲むのが恒例で、その日も夕食がわりに食べているとシュワンツがスクーターで現れた。すでにシュワンツとは、仲がよかったのでドイツの話を聞こうと話しかけた。

「ケビンもシュニッツェル買いに来たの?」 「ああ、ここのは美味いからね」 と彼。 「ドイツの話を聞きたいんだけど、時間ある?」 と聞くと、ケビンはスクーターから椅子に座りなおして、コーラを注文した。こういうことが起こるから、パドック生活はやめられない。

「最終ラップのインフィールド。一体何をしたの?」 単刀直入に聞いてみた。 「別に。フルブレーキでウェインを抜いただけだよ」 ニヤニヤしてトボけるケビン。 「いや、普通じゃないでしょ。何かしたよね?」 と、被せて聞く。 「そういうこと言うのは、大概フォトグラファーだな」 そう言った後、語り出した話は衝撃的だった。

「第二シケイン立ち上がりで、抜かれた後はインフィールド入り口しか、パッシングのチャンスがないんだ。でもウェインを刺すには、普通のブレーキングじゃ無理だと思った。だから一度2速まで落として4速に入れなおしたんだ」 そう言い放った。

「そんなことしたら、オーバーレヴして焼き付いちゃうじゃん」 「そん時はしょうがない。僕のレースじゃなかったってことだよ」 そう言った後こう付け加えた。

「レースを始めた時から決めてることがあるんだ。たとえ転倒しようとファイナルラップで勝てるチャンスがあるならチャレンジするって。最終ラップで優勝できそうなのに、何もしないなんてあり得ない。じゃないと僕がグランプリにチャレンジする意味がないからね」

そう言い残し、揚げたてのウィンナーシュニッツェルを持ってモーターホームに帰っていった。最終ラップの最終コーナー、そこで相手をかわして優勝する。漫画やドラマでは、よくあるベタな展開だ。それが現実になると、ここまで心が揺さぶられるものなのか。しかもその勝負の裏側を知ることで、感動は二乗にも三乗にも膨れ上がる。

それにしてもいくら勝負だからと言って、世界一を決めるレースでそこまでギャンブルできるものなのか。下手すれば、転倒リタイヤでノーポイントだ。それどころかシーズンを棒にふる怪我の可能性もある。しかもメーカーの威信を背負って走っているのだから、来シーズンのシートの確保まで関わってくる。

それでもそこまでしないと勝てないし、チャンピオンなんて夢のまた夢なのだろうか。改めて、グランプリの厳しさを教えられた。 ケビン・シュワンツと言えば、転倒や骨折の多いライダーの印象がある。だけど、彼のレベルでも、そこまで攻めないと栄光を掴むことができないのであろう。彼の傷の数は、覚悟の数だと言うことを知ることができた、最高の木曜日だっだ。

折原弘之
1963年生まれ。83年に渡米して海外での撮影を開始。以来国内外のレースを撮影。MotoGPやF1、スーパーGTなど幅広い現場で活躍する

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