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パドックから見たコンチネンタルサーカス『生きる伝説』バレンティーノ・ロッシの凄み

’81年から国内外の二輪、四輪レースを撮影し続けている折原弘之が、パドックで実際に見て、聞いたインサイドストーリーをご紹介。今月は、引退を発表した『生きる伝説』、バレンティーノ・ロッシの凄みについて。

折原弘之
1963年生まれ。’83年に渡米して海外での撮影を開始。以来国内外のレースを撮影。MotoGPやF1、スーパーGTなど幅広い現場で活躍する
バレンティーノ・ロッシ                                                         ’79年イタリア生まれ。’96年から世界GP125クラスにフル参戦を開始。11戦目で初ポール&初優勝を果たし、2年目にチャンピオン獲得。’99 年には250クラス王者となり、翌年にホンダのファクトリーライダーとして500クラスに昇格。2年目に史上最年少で3クラス制覇を達成した。GP通算9度の世界チャンピオン、115回の優勝は、今後更新不可能とも言える金字塔である

トップライダーであり続けるということ                 フォトグラファー折原弘之が振り返るパドックから見たコンチネンタルサーカス

初めて会った時は、あどけない顔をした125㏄のライダーだった。
ノリックのファンで、背中には「ROSSIFUMI」と書き込み、当時のチャンピオンだった青木治親選手によく絡んでいた。「人懐っこい親日家のイタリア人」そんな印象だった。
その後250クラスに上がり、原田哲也選手のライバルとなり、イタリアを代表するライダーになった。その後も順調にキャリアを重ね、今ではGPを背負って立つ存在となっている。
そして先日、引退の話を耳にした。その話を聞いた時に、真っ先に思い出した話を紹介しようと思う。
バレンティーノ・ロッシ。勝つことに対してこれほど貪欲だった選手は数少ないのではないだろうか。そのためマルク・マルケス選手との確執やチームメイトとのイザコザも少なくない。もちろん原田選手との間にも、確執はあったはずである。
原田哲也さんも「バレ? 好きじゃないよ」と言ってはばからなかった。ただこの言葉には深い意味がある。勝つことにトコトンこだわる二人だから出た言葉で、お互いにリスペクトしていることは間違いない。
確か2015年のシーズンオフに、飲んでいた時の会話だった。原田さんはこんな話をしてくれた。
「バレね、あいつ凄いよね。あれだけ勝ってチャンピオンも取って一度ライディングスタイルも変えているのに。
またライディングを変えるなんて、普通ならモチベーションを保つのも大変なのに。また勝とうとしてるんだよ。僕にはできないと思うよ」
マルケスがグランプリシーンに台頭し、ライディングの概念が変わり始めて数年した頃の会話だと記憶している。
「バレって2度もライディングを変えてるの? 今回のライディング変更だけじゃないんだ」
僕の質問に原田さんは。「バレが全盛の頃はなるべくマシンをバンクさせずに、スロットルワークでスライドコントロールして走らせてた。つまりライダーが全てをコントロールして走ってたでしょ。
その後、トラクションコントロールとか電子デバイスがついて、乱暴にいえばスロットルコントロールなんかがいらなくなったじゃない。
とにかくコーナーにフルブレーキで飛び込んで、バンクさせてスロットルをガバッと開けるイメージ。いかにデバイスを信じて走れるかが、ポイントになってきた。
でも長年スロットルコントロールしながら走らせてると、ラフに開けられないんだ。どうしてもじジワっと開けてしまう。トラコンが無くて、リアがズルズル滑る経験をしてるから、ワイドにスロットルを開けられない。
そこを克服したのが、一度目のライディング変更。で、今回が二度目なんだけど、今回のイメージは変えられるのかな。いくらバレでも難しいんじゃないかな。
タイヤを潰して設置面を増やし、マシンをリーンさせるというテクニックは問題ないと思うんだ。でもそれだけじゃないんだよね」
と意味深な感じ。もちろんテクニックだけじゃないことは想像がつくのだが、一体その先に何があるのか。そこに関しては原田さんもはっきりとは口にしなかった。

開けて2016年、僕はツインリンクもてぎで行われた、モトGPの取材の機会に恵まれた。
この年は、バレンティーノを撮るんだ。そう決めてロッシ選手のライディングに集中した。原田さんの言う通り彼はライディングのイメージを変え、今の乗り方を手に入れているように見えた。
マシンのリーンアングルは60度に達しそうなほどバンクし、体も内側に倒して肘も擦っている。カメラマンとして見るバレンティーノ・ロッシは、紛れもなく今のグランプリシーンにフィットしていた。
しかもシーズン中に何度も表彰台に乗っている。やっぱりバレは凄い。と思いながらメディアセンターに戻ると原田さんを探してこう言った。
「凄いね、バレ。完璧に乗ってるね」
すると原田さん。「そうだね、でも80%かな」
と言うので、なぜなのか聞いた。
「シーズンオフにライディングの話をしたじゃない、あの続きなんだけど、テクニックだけじゃダメなんだよ。タイヤはマシンのポテンシャルや、その年のトレンドに合わせて作り込まれる。
だから常に最新のテクニックを身につける必要があるんだよ。今ならマルクのライディングが、トレンドでしょ。だからそれを追いかけないと闘えないんだよ。
だって、ただ肘をすれば速く走れるわけじゃないでしょ。そうしなければならない理屈を分かった上で、あのライディングフォームに行き着かないと意味がないんだよ」
と語ってくれた。
僕が渡欧した85年のミシュランは、フレディのライディングに合わせて、スリップアングルを付けやすくするために、タイヤのシェイプをどんどんフラットにした。
その後、ケビンやウェインが登場すると、リーンしたままスライドコントロールしやすくするため、タイヤのプロファイルは丸みを帯びてきた。そしてマルクの登場で、サイドウォールの硬さに変化が生まれたように思える。マシン自体もその性格や性能は大きく変わってきている。
ライダーにはその変化に対応し、自在に操ることが要求されているのだ。そんな中、多くの変化を作り出し、また対応してきたからこそロッシは長年トップライダーでいられたのだろう。
突然の引退に合わせて、バレンティーノのことを書いてみた。いつかまた、若かりし頃の写真やエピソードを紹介したいと思っている。]]>

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