元MotoGPライダー青木宣篤インプレッション|SUZUKI GSX-S1000GT
昨年フルモデルチェンジとなったGSX-S1000をベースとし、「グランドツアラー」として、上質で快適な走りを追求したGSX-S1000 GTが登場。空力性能にもこだわった、新世代ツアラーの実力を青木宣篤が検証する。
MotoGP直系ツアラーそう言いたくなるほど“上質”だ
正直な話、最初はそれほど期待していなかった。「GT」の名称が冠せられたとはいえ、ベースのGSX-S1000とそれほど違わないだろう、と思っていたのだ。
ひとつのベースモデルからいくつかの派生モデルを造る。最近流行の「プラットフォーム展開」というやつだ。経営効率は確かにいいが、できあがってくるバイクが必ずしもいいとは限らない。
バイクは実に繊細な乗り物だ。主要部品を共通化し、外装だけそれらしいものに取り替えればハイOK、というわけにはいかない。用途や走行ステージに合わせた作り込みは、絶対に必要だ。
果たして、GSX-S1000 GTはどのレベルまで作り込まれているのだろうか……。過度に期待し過ぎないよう自分の心を抑え、フラットな気分で試乗を始めた。
すぐに気付いたのは、重さだ。ベースのGSX-S1000の車両重量が214kgなのに対して、GTはプラス12kgの226kg。エンジンは両モデルとも150㎰だから、GTの方が重く感じるのはごく自然だ。
メインフレームはGSX-S1000と共通だが、シートレールはタンデムやパニアケース搭載に合わせて強化された専用品。グランドツアラーの名にふさわしい大型カウルを装備しており、このあたりも重量増少人数制でサーキット走行の課題を解消する「アオキ ファクトリー コーチング」や、ハンディキャップのある人にバイクに乗る機会を提供する「SSP」のアドバイザーなど幅広く活動。撮影前日にはオフロードバイクで道無き山の斜面と格闘。50歳を過ぎた今もタフにバイクを楽しむ青木宣篤につながっている。すべて納得できる理由があってのことだが、グラム単位で軽量化を図るレースの世界に生きる身からすると、身構えてしまうのも確かだ。
だが、走り始めてすぐ、ヘルメットの中で笑顔になっている自分に気付いた。このバイクが、増加した重量を非常にうまく使いこなしていることが分かったからだ。
そして重量を活用するという技術コンセプトは、MotoGP直系とも言える、なかなか高度なものなのだ。
スポーツバイクの設計において金科玉条のごとく繰り返されるのが、「マス集中」である。重量物を車体の中心部、ライダーに近付けることで、運動性能を高めようという考え方だ。これは間違いなく正しい。MotoGPマシンの開発においても、原則的にはマス集中を図っている。
だが、それがすべてでもないところが、バイクの面白さである。最近のMotoGPでは、ワンメイクのミシュランタイヤを徹底的に使いこなすべく、重量物をあえてリアタイヤの上、シートカウルあたりに配するようになってきている。こうすることでタイヤの挙動を落ち着かせ、ひいては車体の挙動を落ち着かせることができる。
もちろん、車体全体のバランスを取るためにフロントにも重さを――といった具合に、マスをあえてばらけさせる「マス非集中」が、MotoGPの主流になりつつある。
MotoGPをよくご覧になるレース愛好家ならお気付きかもしれないが、最近のMotoGPライダーはあまり「チャター」という言葉を発しなくなっている。
車体が微振動することをチャターと呼ぶのだが、コイツがレースでは相当な厄介者だった。チャターが発生すると、ライダーはもはや何もできない。ただひたすら収束するのを待つだけだった。
このチャターの発生を少しでも防ぐために、かつてのGPマシンは前後にわざわざバラスト(オモリ)を装着していた。
マス集中を極めておいて、バラストを積む……。
この二度手間をなくすために、今のMotoGPマシンは補機類などの配置を最初から計算し、あらかじめマスを分散させているのだ。その恩恵もあって、チャターはすっかり影を潜めた、というわけだ。
少々説明が長くなったが、重量配分はそれぐらい重要な要素である。必ずしもマス集中を図ればいいのではない、ということはご理解いただけたかと思う。
話をGSX-S1000 GTに戻そう。先にも書いたようにな、納得できる理由があったとしても、重量増はポジティブな出来事ではない。万一、GTでサーキットを攻めるような機会があれば、少なくともブレーキングは明確に難しくなる。
だが、ことツーリングユースに限って言えば、重さは確実にポジティブな要素になっている。落ち着きがあり、穏やかで、ライダーを疲れさせない挙動は、間違いなく「マス非集中」が生んだGTの美点だ。
スズキはこの効能を狙いすましていたのだろうか。それは分からない。だが、MotoGPで得た技術的な知見が、このグランドツアラーにも受け継がれた可能性はあるし、少なくとも似通ったコンセプトは感じる。
MotoGP直系グランドツアラーだとしたら、かなり気分は盛り上がる。それでなくても、GTは素晴らしい1台に仕上がっているのだから。
乗り味は上質だが、ハンドリング自体は入力に対してキビキビと反応してくれて小気味いい。このあたりはGSX-S1000のキャラクターをそのまま受け継いでいる。
ブレーキは、制動力、コントロール性ともに良好だ。これも「マス非集中」の恩恵だと思うが、ブレーキングした時のフロントサスペンションの沈み込み方が気持ちいい。ブレーキレバーを握った分と、サスペンションの沈み込み量を連動させるのは、簡単なようでなかなか難しいのだが、GTは実にリニアだ。
本当によくできた車体まわりで、乗っていてとにかく楽しい。そして、しっとりとした乗り味の車体に組み合わせられたエンジンが、また絶品だ。このエンジン、基本設計は15年も遡る由緒あるものだ。だが、「さすがにどうなんだろう」と、実はここもやや疑問を抱いていた。
そして、これも杞憂だった。エンジニアたちも相当に若返っているはずだが、「よりリニアで、より意のままになるエンジン」という開発コンセプトを守りながら推し進めていることがよく伝わってくる。
何事もベースがいいと、時代が移り変わってもやはりいいのだな、と思う。今回は公道試乗ということもあり、SDMS(スズキドライブモードセレクター)は終始ベーシックのBモードに入れっぱなしだった。これがまた、穏やか過ぎず、過敏過ぎずという絶妙なセッティングだ。
バイクのキャラクターからして、タンデム走行もかなり具体的に想定されている。資料に目を通すと、Cモードは出力特性をよりスムーズにしてタンデマーへのショックを減らすことを意識しているそうだが、Bモードでも十分に滑らかなタンデム走行が可能だと思う。
マス非集中、SDMSに加えてGTに上質感をもたらしているのが、クイックシフターだ。アップ、ダウンともに驚くほどの出来栄え。シフトショックの少なさは、私が今まで乗った量産車の中では1番である。
シフトショックを抑えようとすると、どうしても失火時間が長くなるものだ。加速時に、わずかなもどかしさが出やすいのだが、GTのクイックシフターは実にうまく調教されている。シフトショックがないのにロスなくスムーズに加速していくし、シフトダウンもショックが少ないとくれば、無駄にシフトチェンジをしたくなってしまう。
実は私はほとんどツーリングを嗜んだことがない。公道を走っていても、バイクのことやコーナーの曲率のことばかり気になってしまい、景色を眺めるとか、何かを食べるといったツーリングらしい楽しさを味わうところまで意識が回らないのだ。
しかし、GTとのツーリングならかなり楽しめるだろう。妻をタンデムシートに乗せ、200 〜300㎞程度のツーリングに出かけてみたい。妻も快適だろうし、私もそれなりにライディングを楽しめる。熊本・阿蘇あたりをGTで流すことができれば、いよいよツーリングが趣味になりそうだ。
(青木宣篤)
エンジンも電子制御も、上質な走りに繋がっている
エンジン | 水冷4ストローク直列4 気筒 DOHC4 バルブ |
総排気量 | 998cc |
ボア×ストローク | 12.2:1 |
圧縮比 | 13.5:1 |
最高出力 | 150ps/11000rpm |
最大トルク | 10.7kgf・m/9250rpm |
変速機 | 6 速 |
クラッチ | 湿式多板アシスト&スリッパー機構付き |
フレーム | ダイヤモンド |
キャスター/トレール | 25°/100mm |
サスペンション | F=KYB 製φ43mmフルアジャスタブル倒立フォーク R=リンク式モノショック |
ブレーキ | F=ブレンボ製モノブロックキャリパー+φ310mmダブルディスク R=ニッシン製対向2ポットキャリパー |
タイヤサイズ | F=120/70ZR17 R=190/50ZR17 |
全長×全幅×全高 | 2140(2115)×825(810)× 1215(1080)mm |
ホイールベース | 1460mm |
シート高 | 810mm |
車両重量 | 226(214)kg |
タンク容量 | 19L |
価格 | 159 万5000(143 万)円 |