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最大限の敬意を払いながら、最小限のデザインでイメージを変える。シンイチロウ アラカワが手がけたDUCATI MH900e

カスタムマシンとしては、驚くほど抑えが効いている。まるで純正のようなまとまりだ。オリジナルへのリスペクトと、バイクという乗り物に対する強い思いが、デザイナー・荒川眞一郎さんの手の動きを、より慎重なものにしているのだ。

PHOTO/S.MAYUMI TEXT/G.TAKAHASHI

酔った勢いでつい落札した憧れのMH

芸術家か、職人か…。 

アーティスティックなセンスや、個性を表現しようという欲求は、言うまでもなくベースとなっている。 

しかしそれらを駆使するのは、自らの作品作りのためではない。クライアントや時代の要請に向き合い、これらを高い精度で商品化するのが、ファッションデザイナー・荒川眞一郎さんの仕事だ。 

そこには、芸術家としての自由な飛躍に加えて、職人としての誠実な実直さがある。 

しかし、荒川さんがカスタムペイントを手がけたドゥカティ・MH900eを眺めていると、荒川さんの仕事にはさらにもうひとつ、重大な要素が潜んでいることが分かる。 

静かに佇むMH900eを、少し離れたところから目にする。精悍で、引き締まっているが、違和感はない。いかにもMH900eらしくメカニカルな魅力を発しながら、ごく自然な姿として、そこにある。 

後から人の手が加わった時にありがちな、あざとい思惑や未完成感というものが、一切感じられない。純正と言われても疑いを持たないほどのまとまりの良さ。

「これは自分のバイクなんです。ずっと欲しかったんですよ」と荒川さん。入手の際のエピソードを、楽しげに語った。

「ある時、酔っ払って家に帰ってひとりで留守番してたんですけど、オークションサイトに出品されてるMHを見つけたんです。で、つい入札しちゃったんですよね。まあ、シャレみたいなものだったんですよ。 朝起きてシラフでチェックしたら、『あなたが落札しました。おめでとうございます』って。なんの準備もしていなかったので、『これはヤバいことになったぞ』と(笑)」

しかしMHは、荒川さんが今ほどバイクを知るより前から知っていた、特別なバイクだった。「ファッション業界の友人から聞いて写真を見たら、めちゃくちゃカッコよかった。エンジンの香りがするというか、家電とは一線を画するメカメカしさと、イタリアンレッドの鮮烈さにやられてしまったんです。 

だが、MH900eは2000年1月1日にネット予約を受け付けた世界限定2000台のモデル。荒川さんは「無理だろうな」と諦めていた。 

時を超え、その憧れのMHを、酔った勢いで手に入れてしまったのだ。運命と言うべきか、自ら撒いた種と言うべきか、いずれにしても荒川さんはMHオーナーとなった。

「人の本性をくすぐるようなところがあるんですよ、このバイクには。’70年代後半の耐久レーサーにインスパイアされ、’90年代後半にデザインされたモデルですが、古くなく、新しくもなく、これはもう、MHとしか言いようがない。さすがイタリアンと感服しました」 

極端なカスタム欲は芽生えなかった。「あの時代の空気」に対して敬意を払い、オリジナルをできるだけ残しながら、気になる部分に最小限の手を入れていく。 

軽量化のために、スチール製のアンダーカウルとタンクカバーを換装した。ホイールはBST製だ。 

純正のアルミ製タンクカバーはカーボン製に換装。エンジン下部、オイルパン部分のアルミ製カバーもモンスター用アンダーカウルに変更し、BST製カーボンホイールなどで軽量化を徹底

カラーリングにあたっては、車体をよりコンパクトに見せるために、ブラック部分を多く取った。フロントフォークはアウターチューブもインナーチューブもブラックアウトし、足元を引き締めている。

「難しいんですよ」と荒川さんは苦笑いする。

「対象をリスペクトし、影響を受けながらデザインするのは、すごく難しい。ゼロから創り上げる方が楽なんです」 

あごのあたりをさすりながら、MHを眺める。

「これでよかったのか、今でも悩んでるんです。軽く見えるようになったのは確かだけど、もっとやれることがあったかな、と……」 

この葛藤こそが、バイクへの愛の証だ。芸術家であり、職人であり、いちバイク乗りであること。この三拍子が、荒川さんを突き動かす。

カーボン地の露出部分を多く取っているのは、高性能素材を誇示するためではなく、なるべく車体をコンパクトに見せるための手法。ブラックアルマイト加工のフロントフォークなどと相まって、ギュッと引き締まった精悍な印象だ。このMHは荒川さんの所有車だが、希望者と条件が折り合えば譲渡も考えているそう

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