1. HOME
  2. COLUMN
  3. 【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|4限目:バイクをリーンさせるテクニックとは?

【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|4限目:バイクをリーンさせるテクニックとは?

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察
バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

【Prof. Isaac辻井】
元ヤマハのエンジニアでLMWやオフセットシリンダー等さまざまなバイク技術の研究開発を担当。大学客員准教授でもありニックネームは「プロフェッサー」

今更ですが、皆さんもご存じのように四輪とは異なり、バイクは傾けなければ旋回することができません。

1限目にてバイクが倒れずに走行できるメカニズムを、3限目にて前輪のジャイロモーメントが倒れないメカニズムを成就する重要なファクターであることを解説しました。

それは直進中のバイクはジャイロモーメントによって、バイク自身が必死にバランスを取り続けているということです(図1)。ということは、このバランスを取っているバイクを傾けるにはバランスを崩さなければ傾いてくれないとも言えます。

図1:車体のフラつき「Ω」に対しジャイロモーメント「T」が発生
【講義概要】
4限目にしてプッシングステア=非セルフステアについて解説したいと思います。本解説はとても重要でこれこそが唯一無二のライディングの基本中の基本とも言え、これをご理解して頂けなければキャスター・トレールやサスペンションのセッティング、フレームのしなりとハンドリングの関係など、あらゆるバイクの特性をまったくご理解いただけなくなるので、これまでの常識を一旦忘れていただいて、客観的に熟読していただけると幸甚です。

tips_1:バランスの崩し方

正直にカミングアウトすると実は長い間私も体重移動でバイクは傾いて曲がっていくものだと思い込んでいました。ところが、いざバイクを設計・解析・計測すると体重移動ではことごとく理論的に何も説明できず、設計・開発もままならないことに直面しました。事実、直線で体重移動しても、ブレーキングしている間にバイクは全く旋回していません。体重移動には旋回とは別の効果があるのですが、それはまたの機会に解説しましょう。

そして辿り着いたのが、プッシングステア=非セルフステアでした。その結果、ありとあらゆることが一気に説明することが可能となり、あらゆる設計やサスセッティングなどを理論的にできるようになりました。

ということで直進中に限らず、前輪は微少な転舵を繰り返すことでバランスを取っているので、曲がりたい方向とは反対側に前輪が転舵されるとバランスを取ることができず、バイクは傾き始めます。それが逆操舵です。

ただし、車のカウンターステアのようにダイナミックに転舵しないので、私はプッシングステアと呼ばせていただきますし、実際我々エンジニアは専門用語でこれをステアトルク制御と言います。またバランスを取るセルフステアとは逆のことをライダーが行うので、非セルフステアとも言えますね。

tips_2:リーンのメカニズム

左方向へ旋回したいとします。左側のグリップを少し押してみてください。するとこれまで説明してきたように、微少に右に転舵され、バイクは前進しているので前輪の接地点は右方向へ移動します(図2)。

図2:左ハンドルを押す

この時点ではまだ車両の重心は慣性力で直進し続けようとすることから、重心ベクトル(ライダーと車重が地球に引っ張られる力)の延長線は、前輪の接地点と後輪の接地点を結んだ線の左側にズレて、左側にモーメント(物体を回転させる力)が発生しバイクは左側に傾き始めます(図3)。

図3:左側にモーメントが発生

するとタイヤにはキャンバースラストが発生し、自然に遠心力とバランスを取ることで左旋回が始まります。車両にIMUを搭載してヨーレイト(旋回角速度)を計測すると、実際に一瞬微少に右ヨーレイト(右旋回)が発生してから左ヨーレイト(左旋回)が発生していました。

tips_3:定常円旋回

次に、プッシングステアを続けているとバイクは傾き続け、最悪の場合転倒してしまいます。ですから、どこかでバイクの傾きを止める必要があります。そのためにはライダーはプッシングステアを止め、セルフステアにて逆操舵から順操舵(旋回方向へ転舵、といっても速度によっては1〜2度程度の角度)に切り替えます。そしてジャイロモーメントによって、傾いた状態でバランスをとってバンク角を一定にし、転倒せずに定常円旋回することが可能となるのです。

そして残念ながら、体重移動でバイクの傾きを止めることを説明することはできませんでした。

ここで興味深いのは、ライダーは実はプッシングステアし続けているのですが、その加減を絶妙に調整しているんです。傾き始めのプッシングステアの力を10とすると(図4)、狙ったバンク角に近づくと3以下にしてセルフステアを利用し(図5)、バンク角が定まって定常円旋回中では5前後のプッシングステア力で、セルフステアの量を調整しています。

図4:プッシングステアで車体が傾く
図5:セルフステアで最大バンクに

そしてこの定常円旋回中のプッシングステア力を、我々エンジニアは保舵力または保舵トルクと呼び、車両やタイヤの銘柄や速度、空気圧などによって、これら必要なプッシングステア力は異なってきます。実は、この保舵力をライダーは前輪の接地感として感じ取っているのですが、それは別の機会で解説したいと思います。

話を戻して、ライダーはリーン開始からクリッピングポイントまで、一連の操作をスムーズかつ正確に行っているのですが、これは実に絶妙なタイミングと微妙な変化です。時にブレーキングやシフトダウン、スロットルコントロールもしながらの操作なので、緊張などで肩や腕に不必要に力が入りがちなビギナーは正確な操作が難しく、不安定かつ適切なバンク角まで車体が傾かず、理想のコーナリングラインを描けないということがあります。これがバイクの難しさであり醍醐味とも言えます。

実は先日、バレンティーノ・ロッシがインタビューでプッシングステアを解説し、「多くのライダーがその動作に気付いていない」とも話されている動画がユーチューブで公開されていました。

tips_4:プッシングステア伝説

余談ですが、80年代の世界GP500㏄クラスのチャンピオン、フレディ・スペンサーが若かりし頃、AMAに参戦していたときのことです。CB900Fのスーパーバイク仕様のマシンで走行中、ピットに戻ってくるとなんとハンドルが曲がっていた事があったそうです。もちろん転倒や接触など一切していません。

当時の18インチレーシングホイールは慣性モーメントが大きく、200㎞/hを超える速度で左右に切り返す時、前輪のジャイロモーメントに打ち勝つためのプッシングステアは100Nmを優に超え、瞬間的に200Nmをも超える可能性もありました。その操舵トルクにバーハンドルが悲鳴を上げたのです。この伝説はライダーがプッシングステアでバイクを操っている証とも言えます。

もちろん、サーキットのような高速走行をしない一般路ではジャイロモーメントも小さくハンドルが曲がるようなことはありませんのでご安心ください。

関連記事