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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|9限目:マッハ0.5

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII

最高速度

近年のモトGPの最高速度は350㎞/hを超え、今年はついに366㎞/hにも達しています。なんとこれはたった1秒間で約100mも進んでいることになります。また、人は瞬きするのに約0・1秒かかるそうで、ストレートでは瞬きしている間に10mも進んでしまうので、もはやモトGPライダーは直線では瞬きすることすら許されないのかもしれません。

一方、市販の1000㏄スーパースポーツでも300㎞/hはもはや当たり前なのは皆さんもご存じかと思います。私もサーキット(テストコース)にて300㎞/hオーバーを初めて体感した時には恐怖はまったくなく、エンジニアの私は逆に、近代の二輪車は直線での走行がこれほど安定していることに感動し、驚きました。

そこで今回はバイクの最高速度にまつわるトリビア的なお話をしたいと思いますので、みなさんのバイク談義のネタにしていただけると幸いです。

【tips_1】対地速度

地球上(大気中も含む)における速度は基本的に地球との相対速度の事を指します。つまり絶対速度ではないのです。地球は自転しているので地表では1600㎞/hもの速度が出ていて、太陽の周りを公転しているので10万㎞/hで、太陽系は銀河の軌道を85万㎞/hで、銀河系は宇宙空間を216万㎞/hもの速さで移動していると言われています。そのため絶対速度を特定することは非常に困難で、地球と一緒に移動している我々には実感できません。

また、地球はほぼ等速度運動をしているので地球との相対速度、つまり地表(地面)に対する相対的な速度を我々は体感しているのです(図1)。少し話が脱線気味になりましたが、今回はこの地面との速度比較がポイントになります。

図1:最高速度は地面との相対速度

【tips_2】タイヤの速度

高速度で走行中には色々な効果や作用として、スリップストリームやタービュランスなどがあります。スリップストリームは2台以上が連なることで、空気の流れがスムーズになり空気抵抗が減り、後続車が前走者を追い抜くのに有利になります(図2)。

図2:スリップストリームのイメージ

一方、二人乗りで高速走行すると、運転手と後ろに乗っている人との間で乱流(タービュランス)が発生し、体が左右にグラグラと揺らされることがあります(図3)。

図3 :二人乗りの際のタービュランス

このように高速で走行すると目に見えない空気との闘いがあるのです。 さて、ここでスーパースポーツが約306㎞/h(+α)で走行しているとしましょう。少々中途半端な数字ですが、その理由は後程ご理解頂けると思います。これは当然地面に対しての速度になるので、バイクから見ると地面は同じく306㎞/hの速さで後方へと移動していることになります。当然タイヤも同じように時速306㎞/hで前進しているのですが、この時タイヤは約3000rpm(直径によって異なる)の速さで回転しています。しかもタイヤの接地点は地面に接触していて通常は滑っていません。 従って、タイヤの接地点における速度は瞬間的ですが実は0㎞/hなのです。これは車速に関係ありません。

ということは、接地点の反対側になるタイヤ上面部は地面との相対速度で、なんと612㎞/h(+α)もの速度に達しているのです。つまり、車速の2倍の速度になるということです。

【tips_3】音速

速度指数には色々あって、光速や音速がその代表的な基準速度になります。光速はあまりにも速過ぎるので音速について比較してみましょう。

音速には定義があって、海抜0mの位置かつ気温15℃において、1225㎞/hの速度で音が空気中を伝わるのです。この速度をマッハ1と表現します。

したがって、306㎞/h(+α)で走行中のタイヤ上面の612㎞/hは、なんとマッハ0・5(音速の半分)もの速度に達しているのです。

モトGPやスーパースポーツ車においてマッハで表現されるほどの速度領域に達している部分があるということです。

後輪は前方からは見えないので空気の流れは複雑になり、後輪まわりの空気の速度は推定するのは困難ですが、前輪は前方からの空気が直撃するので前輪の上面の空気の流れは相対速度として、部分的にマッハ0・5もの速度で流れるのと同じ状態になります。従って、タイヤフェンダーはこの空気の相対速度を抑制させるためにも重要な役割を果たしていることになり、フロントフェンダーの形状とタイヤとの隙間を突き詰めるだけでも最高速度に影響があると言えます。

図4:306km/hでのタイヤの対地速度

【tips_4】ネオサイクロン号

さて、昭和のヒーロー(月光仮面、ワイルド7、ドーベルマン刑事などなど)の多くはバイクに乗って颯爽と登場していました。

ハリウッド映画に登場するヒーロー(007、ミッションインポッシブル、トップガン他)もバイクに乗っています。

その代表格と言えるのが、何といっても仮面ライダーです。一般的なヒーローは市販車に乗っているのですが、ショッカーに改造された仮面ライダーのバイクはサイクロン号というスペシャルバイクでした。

1971年に登場した初代のサイクロン号の最高速度は400㎞/h(の設定)でした。そして、約50年後の2020年にカワサキ・H2Rはついに400㎞/hを記録。天国の石ノ森章太郎先生、人類は緑川博士の技術(サイクロン号の設計開発者には諸説あるそうですが)に追いつきましたよ。

さらに、2016年の映画『仮面ライダー1号』に登場したネオサイクロン号の最高速度は、ブースター使用時になんと645㎞/hも出るそうです(設定ですが)。

ということは、最高速度に到達した場合、タイヤの上面は1290㎞/h! 音速を超えてしまうではないですか。タイヤの上部にはフェンダーがあるのでそこまでは空気の速度は出ないとは思いますが、フェンダーがやや小さいのでフェンダーに隠れていない部分では音速に限りなく近くなっている可能性があります。万が一その部分が音速に達すると強烈な衝撃波が発生し、フェンダーは粉々になり、おそらくタイヤや他のパーツも破壊的なダメージを負うことでしょう。

ということで、私は仮面ライダーに忠告します。ノバショッカーに追いつくために決して最高速度を出さないでください。

マッハ0.8~1未満では波紋が前方で圧縮される
マッハ1でさらに圧縮され前方に衝撃波が発生する

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