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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|10限目:前輪の設置感

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII

前輪の接地感とは、時に前輪のグリップ感、信頼感や安心感などとGPライダー達が表現するように、とても大切なことであることは言うまでもなく、皆さんにはご理解いただけていると思います。

では、その「接地感」とはいったい何なのか? ライダーは何を感じ取っているのか? またその正体とは? 今回はそれについて解説したいと思います。

【tips_1】安心感とトレールの関係

どんな時にライダーが前輪の接地感を意識しているかというと、直進時、減速時、コーナリング中が代表的かと思います。「直進時に接地感があるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、ライダーは無意識のうちに常に感じています。例えば、ウイリーするとステアリングからの手ごたえがなくなり軽くなった覚えはありませんか?

このステアリングの手ごたえを、ライダーは直進中も常に感じていて、手ごたえがあると安心して減速に移行することができるのです。例えば摩擦係数が低い(滑りやすい)未舗装路などを直進中、ハンドルがやや左右に振られた経験があると思います。この時タイヤの信頼感が希薄となり、フロントブレーキをかけるのを躊躇したりしませんか?

この感覚は直進中だけでなく、減速時も同様です。もちろん減速Gを身体全体で感じることや、ブレーキレバーの手ごたえなどでグリップを感じ取っているのは言うまでもありませんが、ライダーは実はハンドルから伝わる操舵の手ごたえも感じ取っています。

直進中においてステアリングまわりにはセルフアライニングトルクと言って、直進しようとする方向に、ステアリングを真直ぐに保とうとする力が作用しています(図1)。

図1:転舵すると進行方向に自動修正する

余談ですが四輪ではこれをセルフステアと表現する場合があります。二輪で言うところのセルフステアとは、ある意味真逆だったりしますから、混乱してしまいますよね。

話を戻します。このセルフアライニングトルクはタイヤ自身でも発生しますが、トレールによるところが大きいということはイメージしていただけるのではないでしょうか。常にステアリングは真直ぐに向こうとしているはずなのに、低μ路ではこのセルフアライニングトルクが減少することで、ステアリングが微妙に左右に振れるように感じられることがあるのです。これをライダーは手のひらで感じ取り、摩擦係数が低いと認識し、それが前輪の不安感へと繋がります。

直進時の場合、この手に伝わる感覚は接地感と言うよりも、安定感や安心感と言った方がしっくりくるかもしれません。つまり、トレールと前輪の安心感には密接な関係があるのです。そして、おそらく皆さんが興味あるのはコーナリング中の接地感ではないでしょうか。

【tips _2】コーナリング中のトレールとは?

前輪の接地感を語るには、まずコーナリング中、つまりバイクがバンクしている間のトレールがどのように変化しているかを理解する必要があります。

バンクしているタイヤの接地点はイン側に移動することは、もはや読者の皆さんには釈迦に説法かと思います。ステアリング軸の延長線上にある地面との交点aと、タイヤの接地点b’の距離がコーナリング中の実際のトレールなります。これは進行方向に対して斜めになります。そのため前輪は進行方向を向いているのに、まるで旋回方向とは逆方向にハンドルを切っているような状態と等価(同じ状態)になります。

この斜めのトレールを、進行方向に倣った安定状態にするためのセルフアライニングトルクが発生します。一方、ステアリングにはバンクしている方向へ転舵するトルクが発生します。これも二輪のセルフステアのひとつになります(図2)。

図2 :バンク中はさまざまなトルクが発生する

【tips_3】前輪接地感とは保舵トルクのこと

旋回中の遠心力とバンク角のバランスが取れている状態でもセルフステアは発生します。これはイン側に切れ込むような力になり、これを放っておくとバイクは起き上がってきてしまうので、ライダーはステアリングが必要以上に転舵しないように保持しようとしているのです。

これを保舵トルクや保舵力、保舵ステアと言ったりします。ライダーって無意識の内にいろんなことを操作しているんですよね。その保舵トルクをライダーは手のひらで感じ取っています。これこそが接地感の正体です(図3)。

図3 : 接地感の正体

前輪のグリップがなくなると保舵トルクが一瞬にしてゼロになり転倒します。それを身体で覚えたライダーは、グリップが限界に近づいた時に摩擦力が変化し、この保舵力も変化することを手のひらで感じ取ります。「グリップが無くなるかも」と感じると恐怖に襲われ、身体が硬直し、適切なハンドル操作ができなくなったりします。

それらの感覚はとても微少なので、ライダーはそんな操作をした覚えが無かったりするのがバイクの不思議であり、難しさでもあります。これを的確に瞬時に操作できるのがGPライダーであり、マルケス選手のような転倒回避術だったりします。

これは、前輪のグリップが失われる直前の保舵力変化量を体が覚え込んでいて、グリップを失うことで前輪が切れ込む際に、絶妙なタイミングで保舵力をコントロール。切れ込みを抑え込み、前輪のグリップが回復するまで待機するという、常人には不可能とも言える身体能力のなせる業なのです。

鈴鹿サーキットを全日本のチャンピオンと一緒に走行させていただいたことがあるのですが、「S字コーナーではこの保舵力・接地感は、そんなにスピードが出ていなくてもわかりやすいですよね」ということで見解が一致したこともあります。

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