実用と情熱の共演:The Italian Beauty/SHINICHIRO ARAKAWA
「走る宝石」と称される、MV AGUSTA F4。この言葉には、実はかなり深い意味が隠されている。「飾る」宝石ではなく、「走る」宝石。バイクというものの存在意義が、ここにある。
PHOTO/S.MAYUMI TEXT/G.TAKAHASHI
取材協力/キャラメルモータース https://caramellmotors.wixsite.com/mito
艶めかしいデザインにはことごとく意味があった
MVアグスタF4のことを、荒川眞一郎さんは知らなかった。人から「こんなバイクがあるよ」と教えてもらい、初めて目にした時には大きな衝撃を受けた。
荒川さんがF4を認識した時、デビューからすでに数年が経っていたが、まったく古さを感じなかった。前後上下左右斜め、あらゆる角度から眺めても美しい曲線を描き、見えない部分まで徹底的にデザインされたマッシモ・タンブリーニの作品に、「ガツンとやられましたねぇ」と、荒川さんは笑う。
「レバーの色ひとつ取っても、ただの黒じゃないんです。ものすごいこだわりを感じるけど、理由は分からない。それなのに、『こうじゃないといけないんだろうな』と、納得させられる。そういう発見があちこちにあって、見るたびに驚かされる」
イタリアン・バイクデザインの極致に触れた荒川さんは、最初、「女性の体のラインを意識しているのだろう」と思った。「イタリア人特有の、エロスに対する情熱だ」と。
決していやらしい意味ではない。人の体に美しさを感じるのは、美というものの根源だ。
しかし、フェラーリなどを含めてイタリアのデザインについていろいろ学ぶにつれて、「そういうことではなさそうだ」と気付き始めた。
イタリアン・ビューティーには、もっと実用的な意味があったのだ。
「僕は主にフランスでファッションデザインを学び、パリコレクションにも参加しましたが、当地では徹底的にクリエイティブであることが望まれました。他にない独創性や、アバンギャルドが好まれる傾向が強かったんです。かなり極端で、『どうやって着るんだろう』と悩むような先鋭的なデザインも多かった(笑)。
一方、イタリアのファッションは、ちゃんと着ることが前提になっている。スーツなどが典型的ですが、羽織った時に軽さを感じ、体にフィットし、快適な着心地であることが前提です。そのうえで、美しいシルエットとなるような仕立てです。すごく実用的なんですよ。
フランスのデザインが、ちょっと陰鬱で、哲学的で、うんちくを求めるのに対して、イタリアのデザインはもっとあっけらかんとしている。『ちゃんと着られるの?』という実用性がベースにあって、製品として成り立つかどうかが重視されます」
イタリアは、デザイナーよりも生地メーカーが力を持っているそうだ。生地を売るためのスーツだとすれば、確かに実用的なものでなければ意味をなさない。そこに美しさというエッセンスを持たせるのが、イタリアの考え方なのだ。
「そういう目でF4を見直すと、これはデザインのためのデザインではない、ということが分かるんです。
例えば燃料タンクの艶めかしい曲面は、ライディングした時のホールド性を考えてのものでしょう。外から見えない内部までこだわり抜いたデザインは、整備性も考慮してのものだったりもします。
そういう実用性、機能性を満たした上で、美のエッセンスが散りばめられている。だから飽きないし、いつまで経っても新鮮さがある。工業デザインの極致なんですよ」
パイプオルガンと称される4本出しのサイレンサーも、奇抜さを狙ったものではない。フェラーリを彷彿させる官能的なサウンドを奏でながら、エキサイティングなパワーフィーリングをもたらす。ことごとく実質的な「意味」があるから、バイク好きの心をいつまでも捉える。
「バイクという乗り物への敬意と情熱を感じます。だからこそMVアグスタはレースに力を入れてきたのでしょう。そういえばタンブリーニ自身もレースをしていましたよね。
F4に限らず、MVアグスタのバイクを観察すると、組織全体がまったく同じ方向を見ているのが分かる。規模は決して大きくはないのかもしれませんが、ファミリーとしての強い結束を感じます」
イタリアに数多ある、家族経営の小さな生地メーカーが目に浮かぶ。代々にわたって、「羽織った時に快適で美しい生地作り」にこだわり続ける姿が。そして人が乗り、走り、スロットルを開けた時にこそもっとも美しく輝くMVアグスタ・F4が、見事に重なり合う。