【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪のエアロダイナミクス
二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!
TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII
忘れもしません。’77年、私はまだ中学生でした。F1にグランドエフェクトカーのロータス78が登場しました。モータースポーツにのめり込み始めた少年には衝撃的で、各メディアもその速さの秘密を解読・解明することに躍起でした。実は、私もその謎に興味津々。
エアロダイナミクスなどという言葉すらまだ知らない中学生の私が、「こんなマシンが速いのかな」と思いながら描いたイラスト(図1)が、なんとトニー・サウスゲート氏がデザインした翌年のシャドウDN9(図3)とそっくりだったことに、我ながら悦に入ってしまいました。しかし、そのDN9がパッとした成績を残せなかったのは、とても悲しい現実でした(笑)。
その年のチャンピオンカーのロータス79はグランドエフェクトカーの完成系と言え、翼断面形状のサイドポンツーンの下面と地面の間でベルヌーイの定理でダウンフォース(図2)を発生させるのが原理であることを知った私は、エアロダイナミクスにのめり込んでいったとも言えます。
ちなみに、v0はほぼ車速と、P0はほぼ大気圧と同じですが、ベンチュリーエリアを通過すると空気は不思議なことにv1とv2は車速より速くなり、P1とP2は大気圧より低く=負圧になるのです。その負圧によりダウンフォースが発生し、タイヤのグリップ力が増加するわけです。しかも通常のウィングと大きく異なるのは、空気抵抗=ドラッグがほとんど発生しないのです。
tips_1:二輪のグランドエフェクト
16歳で二輪免許を取得した私は、コーナーで四輪より遅い二輪をなんとかできないかと考えて、二輪のグランドエフェクトを構想したのです。それが約40年前に私が描いた図3です。
アンダーカウルの側面を翼断面形状とし、フルバンク時にグランドエフェクトでコーナリング速度の向上を期待したいのです。
昨年、アプリリアのMotoGPマシンのアンダーカウル側面はまさに翼断面形状になっていました。今年はホンダやKTMも似たような形状とコンセプトになってきました。
余談ですが、ヤマハ監督時代の故・前川氏にこのスケッチをお見せし、お話しさせて頂いたことがあります。残念ながらその時は「まだそんな時代ではない」という感じでした。各メーカーのエンジニアもようやく40年前の私に追いついてきたと、あえて言わせてください(笑)。
tips_2:フルバンク時のグランドエフェクト
さて、二輪車のカウルを翌断面形状にすることでどのような効果があるのか、私なりの見解を図4でご紹介しましょう。
マシンがフルバンクした時に、路面とサイドカウルの間で発生するダウンフォースFsは、重心位置においてはバイクを傾けようとするモーメントFgと等価になります。その結果、遠心力Fcが増加してつり合いが取れます。
つまり、同じバンク角でもグランドエフェクトが得られるバイクは、Fcの遠心力が増加できるだけの速い速度でコーナーを駆け抜けることが可能となるのです。
ただし、これはサイドカウルが地面に近づいた時だけに発生する効果なので、バンク中に急激にダウンフォースが変化することで、マシンをコントロールするのがとても難しくなることが十分予測できます。
事実、今年のモトGPのプレシーズンテストでアプリリアのライダーが、マシンの操縦が困難であるとコメントしていました。もしかしたらグランドエフェクトが、その要因かもしれません。
tips_3:フロントウィングの効果
では次に、フロントウィングの釣り合いを図5に示します。ウィングには青色の斜め方向に抗力が発生します。その分、力として水平方向のドラッグ(空気抵抗/水色の矢印)と下向きのダウンフォース(赤い矢印)が発生します。
後輪の接地点と前輪の接地点には、タイヤを地面に押し付ける力(前後輪の赤い矢印)が作用します。その結果、ウイリーを抑制するだけでなく、後輪のトラクション向上にも少なからず貢献しています。
この図から分かることは、フロントウィングがより前にある場合は前輪の、後方にある場合は後輪の接地荷重が増えることです。ウィングの形状や角度だけでなく、位置(高さも含む)も重要な要素となります。
tips_4:リアウィングの効果と提案
水平方向にレイアウトされたKTMのようなリアウィングは、特に直線で後輪の接地荷重を増加させ、トラクション向上に貢献していることは容易に想像できます。蛇足ですが、実は1980年代にも同じようなリアウィングを試みたマシンがありましたが、当時はまだその性能を活かしきれなかったと考えられます。
一方、DUCATIやホンダのように左右・斜めにレイアウトされたリアウィングにはどのような効果があるのでしょうか? 空気の整流効果があり、直線での最高速度向上に効果がありそうですし、ストレートでのダウンフォースも多少は発生しそうですが、正直なところ私にはまだ謎です……。
しかし、私がもしMotoGPのエアロダイナミクス担当エンジニアであれば、リアウィングは図6のようなレイアウトにします。同様にフロントにも設置するでしょう。しかも、DUCATIのそれとはまったく逆向きにウィングを配置すべきと考えます。
その理由は、前方から見るとハの字に左右に配置することで、直進時にはダウンフォースによるウイリー抑制と後輪のトラクション向上、さらには減速時のグリップ向上に貢献します。コーナリング時には、イン側のウィングは大きくハングオフしたライダーの体がウィング前後の空気の流れを阻害するため、効果が減少します。しかし、アウト側のウィングはライダーの体が無いため空気が多く通過し、図7に示すように、より大きなダウンフォースが発生してコーナリング速度向上に寄与するでしょう。
しかも、こちらの方がグランドエフェクトは少ないので、急激なダウンフォース変化がなく、操縦性への影響は少ないと言えます。ただし、横風に弱いという弱点はありますが……。
実は、他にもいくつかアイデアがありますので、ご興味のあるレーシングチームからのご連絡をお待ちしております(笑)。最近ではエアロダイナミクスの規制が囁かれていますが、今年のMotoGPは空気との格闘がさらに激しくなりそうです。どこのメーカーが空気を味方にするのか、私は興味津々です。