【3シリンダーの誘惑】3気筒の歴史を知る
独特な回転フィーリングと、エキゾーストノート。’90年のトライアンフ復活以降、一気に認知された3気筒エンジン。MVアグスタやヤマハも3気筒搭載モデルをリリースし、存在感を高めている。ひとたび3気筒の味を知ったライダーは、取り憑かれ、離れられなくなる。その魅力は、いったいどこから来ているのだろうか?歴史、メカニズム、そして走行フィーリングから、その真髄を解き明かす。
PHOTO/H.ORIHARA, S.MAYUMI, S.KIBIKI,
TEXT/K.ASAKURA, G.TAKAHASHI, T.YAMASHITA, E.TSUJII
取材協力/ ヤマハ発動機
70120-090-819 https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/
トライアンフモーターサイクルズジャパン
TEL03-6809-5233 https://www.triumphmotorcycles.jp/
MVアグスタジャパン
TEL03-3527-8885 https://www.mvagusta.com/jp/ja
3気筒エンジンが生き残り続ける理由
3気筒は、「いいとこ取り」だ。現在、バイク用エンジンの主流である2気筒のトルクフルさ。そして4気筒のパワフルな伸びやかさ。3気筒は、その両方を併せ持っている。
中途半端なシリンダー数なようでもあるが、2気筒より多く、4気筒より少ないことによる恩恵は大きい。ムービングパーツのボリュームが適切ゆえに、機敏な運動性と十分なパワーを兼ね備えているのだ。
歴史を遡れば、多くのメーカーが3気筒エンジンを手がけてきた。国内4メーカーはすべて、3気筒エンジンを提供していた。
しかし多気筒エンジンは、扱いやすさや低燃費を考慮した2気筒、より高い性能を求める4気筒にくっきりと分化し、どっちつかずとも言える3気筒は徐々にその数を減らしていった。一時は国内4メーカーのラインナップから完全に消え去っていたのである。
だが3気筒は、生き残り続けている。MVアグスタとトライアンフはアイデンティティとして決して手放さず、10年前にヤマハが復活させた。
これらのメーカーは、スポーツライディングに求められる本質を深く理解しているのだ。ブレーキングからスッとバイクがインを向く、あの瞬間の快感。愉悦と爽快、上質と豪快の中間にある、あの瞬間を──。
ようやく地位を確立した3気筒エンジンの歴史
バイク史のなかで、3気筒エンジンで成功を収めた最初のメーカーはMVアグスタだろう。’60〜’70年代世界GPの350㏄と500㏄クラスで圧倒的な速さと強さを見せ、MVアグスタの名をイタリアの誇り、イタリアの至宝へと昇華させた。
市販車ではカワサキ・マッハシリーズ(’69年)、スズキ・GT750(’71年)が3気筒の成功者だ。
’80年代にはホンダが2ストロークレーサー・NS500レプリカのNS400RやMVX250Fを発売。しかしどちらもモデルチェンジすることなくその姿を消しており、’80年代は3気筒にとって不遇の時代といえるだろう。
’90年代に入ると、倒産から復活したトライアンフが3気筒エンジンを搭載したモデルラインナップを形成。これが現代の3気筒の地位を確立する直接的な発端である。そして、MVアグスタとヤマハが3気筒を展開して成功するまでのおよそ20年間、3気筒エンジンを製造していたのはトライアンフだけだったのだ。
では、なぜ復活したトライアンフが3気筒エンジンを主軸にしたのだろうか。トライアンフに限らず、イギリスのバイク産業は2気筒エンジンによる黄金時代の終焉を予測できずに凋落した。そのため、トライアンフの象徴であったバーチカルツインでの復活では、どうしてもマイナスイメージがつきまとう。だから、日本メーカーとは異なる個性や付加価値があり、なおかつパワーで4気筒に引けを取らないエンジンが必要となる。そこで目を向けたのが、’68年に発売したBSA ロケット3に端を発する3気筒エンジンだったのではないかと推測する。
復活したトライアンフが成功に至ったもうひとつの鍵はモジュラーコンセプトで、エンジンやフレームを共通としてモデルバリエーションを展開する手法だ。これは4気筒よりも生産コストを抑えられる3気筒との相性が良く、近年のMVアグスタとヤマハも同様の手法で3気筒シリーズを成功させている。
MVアグスタは’10年のミラノショーで675㏄3気筒エンジンを搭載するF3を発表し、’12年に特別仕様車のF3セリエオロを発売。’13年にストロークアップで798㏄としたF3を発売すると、ブルターレ、ドラッグスター、ツーリズモヴェローチェ、スーパーヴェローチェと派生モデルを次々に展開していき、3気筒のラインナップを確立した。
ヤマハは’76年に発売したGX750が初の3気筒エンジンで、5年にわたって生産した。そして、ヤマハ製3気筒が復活するのはそれから33年を経た’14年のMT-09で、現在は第4世代にまで成長。トレーサー、XSRとシリーズ展開も好評だ。
21世紀以降に3気筒エンジンが確立した背景には、オーバースペックを避けるユーザーの増加によるミドルクラス需要の高まりがある。ちょうどいい車格とパワーは3気筒エンジンが本領発揮するコンセプトで、扱いやすいうえに所有欲を満たすに十分なスペックと質感を備える。さらに価格も手頃となれば、人気が集まるのもうなずける。
とくにトライアンフは660㏄、765㏄、900㏄の中間排気量だけでなく、1160㏄、そして2458㏄とバリエーション豊かな3気筒を生産する唯一のメーカーだ。
かつての3気筒には、4気筒のコストダウン版といったネガティブイメージもつきまとったが、もはやそれは完全に払拭された。
3気筒の歴史を知る
今でこそ3気筒エンジンを搭載するバイクが定着した感があるが、ざっと100年にわたる世界のバイク史を眺めると、モデル数は圧倒的に少ない。あらためて歴史を俯瞰し、その理由を探ってみよう。
1916ROYAL ENFIELD
市販化はされなかったが二輪用3気筒エンジンの始祖
1901年にバイクの生産を開始したロイヤルエンフィールドは、1916年に2ストローク縦置き3気筒を試作。現存する最古の3気筒はおそらくこれ
1932 MOTO GUZZI TRE CILINDRI
圧倒的な強さを誇った3気筒の歴史に残るマシン
2ストロークV型3気筒のDKW RM350(’52 年)に触発されたアグスタ伯爵が主導し、250㏄ 2気筒をベースに350cc3気筒DOHC4 バルブを開発。500ccとともに’65 ~’73 年のWGPを席捲した
1969 BSA ROCKET 3
アメリカ市場に力を入れたトライデントの兄弟車
当時トライアンフ傘下にあったBSAによる3気筒車はロケット3の名を与えられた。エンジンやフレームの基本構造は同一のトライデントのバーチカルに対し、ロケット3はシリンダーを前傾して搭載
969 KAWASAKI 500SS MACH III
国産車初の3気筒エンジン搭載最強最速のモンスター
2ストローク500cc直列3気筒は最高出力60ps、最高速度198km/hを叩き出した。500cc(H1)のほか750cc(H2)、250cc(S1)、350cc(S2)、400cc(S3)の排気量バリエーションが揃っていた
1971 SUZUKI GT750
スズキ初の「ナナハン」はウォーターバッファローという愛称を持つ
マッハⅢ/Ⅳと同様に北米市場向けとして開発された。マッハが国産初の直列3気筒だが、GTは水冷として国産初の2ストローク直列3気筒。最高出力は67ps。しかし時代はこれ以降4ストロークに傾く
1976 YAMAHA GX750
MT-09が発売されるまで国産車唯一の水冷3気筒
4ストローク大排気量車で出遅れたヤマハが、世界戦略車として開発した4ストローク直列3気筒車(海外仕様の車名はXS750)。3気筒とした理由は他社にはない個性の演出で、ヤマハらしさを追求した
1983 HONDA MVX250F
レース界ではNR500からNS500へ時代の移り変わりとともに登場
NS500譲りの2ストロークV型3気筒だが、NS500の配列が前1気筒、後ろ2気筒なのに対し、正反対となる前2気筒、後ろ1気筒。意欲的なエンジンだったが、生産期間はわずか1年と短命に終わった
1985 HONDA NS400R
カラーやスタイルもレーサーレプリカ然としたが……
NS500レプリカとして登場した2ストロークV3だが、気筒配列はMVX250Fと同一で本家と異なる構成。エンジンはMVXの弱点を克服していたが、ホンダの3気筒エンジンはこれが最後となる
1991 TRIUMPH TRIDENT 900
1990年にトライアンフが復活現代まで続く3気筒がリバイバル
トライアンフが直列3気筒エンジンをひっさげて’90 年に復活。’68 年の3気筒車の名を冠したネイキッドがトライデントだ。ショートストローク化した750ccも同時発売し、’98 年まで生産した。トライアンフ復興の原動力となった歴史的な3気筒車だ
2013 MV AGUSTA F3 675
MVアグスタがWGPを席捲した伝説の3気筒マシンが復活
’10 年のミラノショーで世界初公開された、現代MVの3気筒車は675ccで登場した。’12 年に限定200台の特別仕様車のF3セリエオロを先行発売し、翌年にスタンダードモデルのF3 675が登場。3気筒MVアグスタの栄光を現代に蘇らせた
2014 YAMAHA MT-09
ヤマハが3気筒エンジンをリリースクロスプレーン採用で人気を博す
YZF-R1と同じクロスプレーンコンセプトで開発した846cc直列3気筒車。モタードテイストを取り入れたロードスポーツという設計が3気筒エンジンとマッチして人気モデルとなり、登場から10年で第4世代まで進化。現代のヤマハを象徴する1台だ
2019 TRIUMPH Daytona Moto2 765 Limited Edition
トライアンフの実力を示すストリートリーガルのMoto2レプリカ
Moto2にエンジンを供給するトライアンフだからこそ作れた市販車3気筒の究極の進化形。Moto2エンジン専用コンポーネントを用い、最高出力130psを達成している。世界限定1530台で販売された
TOYOTA YARiS
実はクルマでは主流エンジン
現在の軽自動車はすべて直列3気筒。1.0 ~ 1.5ℓのコンパクトカーも直列3気筒が波及し、トヨタ・ヤリス、BMW・ミニ、アウディ・A3が採用。理由は小型軽量化と低燃費、低い生産コストにある