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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|前輪と転舵させるブレーキトルクステア

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察。バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

TEXT&ILLUSTRATIONS/Prof. Isaac TSUJII

コーナリング中(に限らずですが)の前輪ブレーキは、言うまでもなく万が一ロックすると即転倒につながるので、ラフな操作は厳禁です。これは1限目の「なぜバイクは倒れずに走行できるのか」をご理解いただけると、前輪がロックすると転倒する理屈もご理解いただけるかと。

とは言うものの、どうしても減速が必用になる場合もありますし、サーキットではトレールブレーキで減速しながらバイクを傾ける事もあります。

今回は(も?)少し難解ですが、ブレーキ時の車両運動特性を理解することで、前輪がロックしなくてもバイクがどのような挙動を示すのかが分かります。そして、ライダーがどのような操作をする必要があるのかを考えてみましょう。

tips_1:バンク中のトレール

改めてですが、図1に直進・直立時のトレールを示します。ポイントはステアリング軸センターを延長した線が地面と交わる点aと、タイヤの接地点bの距離がトレールとなる、というところです。

「前輪の接地感」の復習になりますが、バイクがバンクすると実はトレールは図2のように変化します。バイクがリーンすることでタイヤの接地点はイン側b’へ移動します。ステアリング軸センターの延長線と地面の交点aとb’が実トレールとなり、それはタイヤの進行方向に対して斜めになっています。 

図1:トレールとは?
図1:トレールとは?
図2:バンク時のトレール
図2:バンク時のトレール

この時タイヤの接点に作用する力は進行方向とは逆向きになります。バンク角が深くなると駆動力も減少し、横力(キャンバースラスト)がどんどん増えていき、力の向きは厳密には横方向へ変わっていくのでもっと複雑になります。 

車体が傾くと、ライダーは保舵トルクをハンドルに加えて前輪の接地感を感じています。

さらにはバイクが傾いた状態で、重心三角形と遠心力が釣り合った重力ベクトルが重なり、バイクはバランスが取れて定常円旋回をします(図3)。 

図3:旋回中のバランス
図3:旋回中のバランス

この状態を踏まえて、バンク中に前輪ブレーキをかけた場合について考えてみましょう。もちろんロックしない程度にです。 

前輪ブレーキをかけると図2の緑の矢印のように、減速によって進行方向へ前輪を押す力がさらに強く作用し、接地点b’にはその反作用で逆向きに同じ力が発生します。

Tips_2:ブレーキトルクステア

ステアリングセンター軸の延長線と地面の交点aと、タイヤ接地点b’にかかる力と実トレールはブレーキング時には一直線上になっていません。しかし、これらには一直線に整列しようとする力が作用します。

その結果ステアリングには前輪をイン側、つまりバイクがバンクしている側に転舵するようなモーメントが発生します。この現象をブレーキトルクステアと呼びます(図4)。

図4:ブレーキトルクステア
図4:ブレーキトルクステア

実に不思議ですよね。通常トレールにはステアリングを真直ぐにしようとする力が働いていることは、皆さんもご存じかと思います。しかし、バンク角を与えると、このようにステアリングを切って曲げようとする作用に変化してしまうことがあるのです。

もちろん実際にはとても微少な転舵角しかありません。図は大袈裟に表現しています。 

これもセルフステアの一種と言っても良いかもしれません。

tips_3:引き起こしモーメント

バンク中、ステアリングがイン側に転舵すると、前輪の接地点は微少ですがさらにイン側へ移動し、重心三角形の前方の頂点が移動します。

この時、遠心力と釣り合っている重力ベクトルと重心三角形の面にズレが発生します。 

その結果、図5に示すように車両を引き起こすモーメントが発生し、なんとバイクは起き上がるのです。

図5:ブレーキトルクステアによる引き起こしモーメント
図5:ブレーキトルクステアによる引き起こしモーメント

この現象は、トレールの長いモデルや、前輪タイヤ幅が太い場合にはより顕著になる傾向があります。もちろんタイヤの特性によるスリップアングルの違いでも、微妙ですが変化します。 

実は、トレールがとても短く(68mm)、前輪の幅が細い(90mm)ヤマハのトリシティは、起き上がる力がとても弱く、そういう意味でも安定しているのです。 

トレール量が短いトリシティは、ブレーキトルクステアが小さい。そのためバンク中に安定する
トレール量が短いトリシティは、ブレーキトルクステアが小さい。そのためバンク中に安定する

逆に、前輪幅が広くてトレールの長いクルーザーなどでは その力が強くなります。ただし、スーパースポーツでもハイグリップタイヤを履かせると、起きる力が強くなるモデルもあったりします。 

また、バイクが起き上がるほどの強いブレーキトルクステアが発生しない程度の微少な前輪ブレーキをかけると、路面の微小な凹凸変化などと相まってブレーキトルクステアが増えたり減ったりしています。

すると前輪が左右にプルプルと振動するシミー(またはウォブルとも言う)が発生することがあります。これをブレーキングシミーと私は呼んでいます。 

私はこれがMotoGPなどでたまに話題になっている「前輪チャタリング」を誘発する一因でもあるのではないかと思っています。そのメカニズム・理論は複雑極まりないので、機会があれば解説したいと思います。

tips_4:繊細 なブレーキとステアのコントロール

レースなどではこのブレーキトルクステアが原因と思われる挙動が発生し、接触に至ることもあるように見受けられます。そんな視点でレースを観るのも、おもしろいかも知れません。 

さて、この特性を理解した上でライダーはどのような操作を心掛けるべきなのでしょうか。コーナリング中にブレーキを使わなければ良いのですが、一般道ではいつ何が起きるかは予測不可能です。

カーブの途中で突然、対向車や前走車、自転車などが現れると、どうしてもとっさに前輪ブレーキをかけることがあります。中には絶妙にリアブレーキだけ使って回避する、なんていうベテランもいるかも知れませんが、なかなか簡単ではありませんよね。

もし、コーナリング中にブレーキトルクステアで車体が起き上がってしまった場合、冷静に、必要に応じてプッシングステアすることで起き上がりを制御し、安全なラインを通過できるように繊細なコントロールをすることが肝要です。とは言え、こんな微調整ができるのは、スーパーライダーだけでしょう。 

バイクって本当に複雑で繊細な乗り物なんですよね。真実を知って安全で快適なバイクライフをエンジョイしましょう。


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