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ロッシとの因縁で運命が変わった、セナ・ジベルナウの最盛期【熱狂バイククロニクル】

TEXT&ILLUSTRATION/M.MATSUYA

今回、話題にしようと考えたのは、スペイン人ライダーであるセテ・ジベルナウさんです。ジベルナウさんは、大金持ちの御曹司という噂もありましたね。実は僕は彼の走りが好きで、すごく期待したライダーのひとりでした。

ジベルナウさんは日本人ライダーと縁がある人なのかな? と思うこともありました。ヤマハでYZR500に乗っていた頃はノリック阿部さんとチームメイトでしたし、ホンダに移籍した際には加藤大治郎さんとチームメイトとなり、RC211Vに乗りました。

奇しくも、今は亡きおふたりと同じチームだったのです。

ジベルナウさんの世界での戦歴は、’96年からGP250にフル参戦を始め、’97年からはチーム・レイニーからGP500に昇格し、なんと’98年にはレプソル・ホンダ入りを果たしています。

ライディングフォームが非常に楽そうで無理を感じさせない姿勢です。背筋が自然に伸び、頭の位置も高い。外足はマシンにきれいに添わせ、ヨーロピアンライダーとしては珍しく、リア乗りで立ち上がり重視の走りでした
ライディングフォームが非常に楽そうで無理を感じさせない姿勢です。背筋が自然に伸び、頭の位置も高い。外足はマシンにきれいに添わせ、ヨーロピアンライダーとしては珍しく、リア乗りで立ち上がり重視の走りでした

3シーズンをレプソルカラーで走りましたが、開発ライダーとしての参戦だったようで、開発中の2気筒マシンNSR500Vを走らせていました。

’01年からはモビスター・テレフォニカ・スズキに移籍し、GP500クラスで初優勝を達成。さらに’03年には、大手スポンサーのモビスター・テレフォニカを引き連れ、スズキからホンダに戻っています。

ここで加藤大治郎さんがチームメイトとなり、この頃からジベルナウさんのレースキャリアの最盛期が始まったように思います。

日本のレースファン、さらには世界中のレースファンにとって大事件が起きたのもこのタイミングです。’03年の開幕戦、鈴鹿サーキットで行われた日本GPで、ジベルナウさんのチームメイトの加藤さんが残念な事故に遭ってしまったのです。

シケイン進入での大クラッシュで、2週間ほどの集中治療を受けながらも、残念なことに帰らぬ人となってしまいました……。

チームは残りのシーズン、加藤さんのフルスペックのRC211Vをジベルナウさんに託しました。彼が本領発揮したのはこの時からで、第2戦のスペインGPでロッシさんを破って優勝、その勢いのままシーズンを通して4勝し、ランキング2位を獲得しました。

続く’04年もロッシさんには敗れたものの、2年連続のランキング2位となりました。そして迎えた’05年シーズンが、ジベルナウさんの乗りに乗っていたレーサー人生を左右する運命の年となっていきます。

’05年開幕戦のスペインGPでは、ロッシさんとのテール・トゥ・ノーズの直接対決が繰り広げられました。レースの大半はジベルナウさんがトップを走りましたが、残り3ラップでロッシさんがトップに浮上。

そして迎えた最終ラップ、バックストレッチ終わりでロッシさんがミスをし、ジベルナウさんがトップに立ち最終コーナーへ! しっかりとインを締めて進入したものの、ロッシさんはさらにインに突入し、両者は激しくクラッシュしました。

そしてロッシさんはジベルナウさんをアウト側に押し出しながら立ち上がり、開幕戦を勝利したのでした。

’05年開幕戦スペインGP、最終ラップの最終コーナーでの問題のクラッシュシーンです。このクラッシュは、ジベルナウさんとロッシさんの複雑に絡み合ったライバル意識が表面化した瞬間でした。これに屈した彼は、勝つことができなくなっていったのです……
’05年開幕戦スペインGP、最終ラップの最終コーナーでの問題のクラッシュシーンです。このクラッシュは、ジベルナウさんとロッシさんの複雑に絡み合ったライバル意識が表面化した瞬間でした。これに屈した彼は、勝つことができなくなっていったのです……

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