【小椋 藍|トラックハウス・MotoGP・チーム】”最終地点での戦いへ”【2025 MotoGP & Moto2 ライダーインタビュー】


PHOTO/KUSHITANI, 2025 TRACKHOUSE MOTOGP TEAM,
MotoGP.com, Honda Team Asia 2024, Honda
TEXT/E.ITO
取材協力/クシタニ TEL053-441-2516 https://www.kushitani.co.jp/
Moto2とMotoGP走り方の違いとは
話は、2024年最終戦後に行われたバルセロナでの公式テストから始まった。ひと月経って、小椋藍の中で最高峰クラスのマシンは、どう消化されたのだろう。
小椋の答えは「時間が経ったからといって、それほど変わりはないですね」というものだった。
「MotoGPマシンに乗って、特別なことが必要という感じはなかったんです。つまり、(必要なのは)全体的なバイクに乗る技術なんですよ。だから、この冬は、全体的に自分の技術を底上げしていこう、と考えています」
もちろん、これまで走っていたMoto2クラスとMotoGPクラスでは、ライディングスタイルが異なる。中排気量クラスのMoto2マシンは公式エンジンであるトライアンフの3気筒765ccエンジンを搭載する一方、大排気量クラスであるMotoGPマシンは、4気筒1000ccだ。アプリリアのインディペンデントチームに所属する小椋は、アプリリアRS-GPを走らせる。

セオリー通りに考えれば、大排気量車の場合、ブレーキングでよりしっかり減速し、素早く向きを変えてパワーを使って立ち上がっていく、ストップ&ゴーの走り方になる。しかし、小椋は意外な印象を口にする。
「MotoGPは面白くて。1日乗っただけではあるんですけど……、コーナリングスピードはね、僕がイメージしていたよりも高くないといけないみたいなんですよね。みんなが思う、〝排気量が上がってスピードが上がる=ストップ&ゴー〞という考えが、ちょっと違うみたいなんです。
でも、そういうのは全体的な速度が上がるにつれてついてくるものだし、ただ単にコーナリングスピードを上げればいい、というだけの話でもないんですけどね。Moto2よりは意識しなきゃいけないのかも、という感じはしますね」
ちなみに、アプリリアRS-GPはV4エンジンを搭載するバイクだが、高速コーナーでのコーナリングスピードが強みの一つだ。ただ、ホンダRC213Vを走らせる次ページのソムキアット・チャントラも同じように「Moto2よりコーナリングスピードが必要」と語っている。非常に興味深いコメントである。
2月の開幕前テストで、より詳しいインプレッションが聞けるだろう。
どのカテゴリーでも必要な走りは同じ
では、バルセロナでの公式テストで、小椋はコース上で他のMotoGPライダーをどう見たのだろうか。
「全員に共通して言えるのは、何もしていない時間が限りなく0に近い、ということです。それはそうですよね。ブレーキングしてスロットルに触れれば、バイクが曲がっている、立ち上がりに入れますよ、ということだから。MotoGPマシンに乗った初日は、僕はまだそこまでのライディングができていなかったんです」
「だから、結局はどのカテゴリーでも一緒、ですね」と、小椋は言う。
「コーナーでは深くブレーキ。コーナーを一瞬で終わらせて、立ち上がる。バイクの向きも、ちゃんと短い時間で変える、そういうことです」
これは前述の「全体的なバイクに乗る技術」につながるだろう。小椋の言葉から、MotoGPという最高峰の頂点が垣間見える。
Moto2で世界チャンピオンを獲得し、常に最上を求める小椋藍でさえ「何もしていない時間がある」と言う。しかもそれは、サーキットを走るときの基本的な走り方だ。小椋が見たMotoGPライダーたちは特別なことをしているばかりではなく、当たり前の走りを、極限で行っているのだろう。
「そこにたどり着くまでにみんな違う道を歩いてきているので、『こいつの捉え方は面白いな』とかはありますけどね。『コーナーを早く抜ける』というターゲットはみんな一緒で、それへのアプローチの仕方や、どういう風に考えているのか、などはそれぞれに違いが出てくるんです。でもね、やりたいことはみんな一緒なんですよ。だから、『へえ〜!こんなのが必要なの!?』とかはなかったですね」
つまり、小椋が追い求めている究極により近い走りをしているのが、最高峰クラスのMotoGPライダー、ということになる。
「理想とするのは、〝速くてリスクがない〞という究極のバランスです。速く走れてリスクがなければ最強じゃないですか。だから、みんなそこを目指していると思いますよ」
小椋の話を聞くうちに、ひと月前、バルセロナ公式テストのあとの囲み取材のことを思い出した。そのとき、小椋にはルーキーがしばしば見せる、MotoGPマシンを走らせた歓喜や、「テレビで見ていたMotoGPライダーたちと走った」といった興奮は見られなかった。マシンの印象を述べ、改善点を語っていた。いつも通り、淡々と。

小椋のキャラクターもあるだろうが、おそらくはコース上で見た彼らの走りが、つまり〝知っているもの〞だったからなのだ。感じたのは驚きではなく、「やっぱりそう(そういう走りが必要)だよね」という納得だった。まったく、小椋は例えMotoGPマシンを初めて走らせた日でさえ、自分のスタンスを崩さない。
とはいえ、MotoGPマシンが持つ空力デバイスには、ひやりとした場面があったという。
「前にライダーがいて、『このくらい離れていたら自分のブレーキングポイントでブレーキしても大丈夫だろう』と思ってブレーキングしたら、けっこう吸われてしまったんですよ。ブレーキングでもスリップが利いてしまうので、注意が必要ですね。特にシーズン序盤の何戦かは、変に突っ込まないように気を付けないと」
空力デバイスだけではなく、ライドハイトデバイスを機能させるタイミングなども学んでいかなければならない。2月のテストでそれらへの適応を進めるという。
最高峰クラスへのステップアップの意味
今季、最高峰クラスデビューとなる小椋に、「どんなMotoGPライダーになりたいですか?」と尋ねた。少し考えたあと、小椋は「印象がないとちょっとさみしいから、自分の特徴や色があるライダーになれたらうれしいです」と言う。
では、小椋にとって、MotoGPクラスにステップアップするということは、どんな意味を持つのだろうか。
これにもまた「難しいですねえ……」と、少し悩んだ。
「ここより上はない。最終地点です。ここで1番なら、本当に、1番」
小椋の最終地点を舞台にした戦いが、やがて始まる。