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ウェイン・レイニー|引き際【パドックから見たコンチネンタルサーカス】

レース撮影歴約40年の折原弘之が、パドックで実際に見聞きした四方山話や、取材現場でしか知ることのできない裏話をご紹介。

PHOTO & TEXT/H.ORIHARA

’93年のイタリアGPが行われたミザノサーキットで転倒を喫し、下半身付随となってしまったウェイン・レイニー。翌年にはチーム・レイニーを立ち上げ、サーキットに戻ってきた。その表情には、悲壮感はなく、全てを受け入れた者の達観した感じすらあった。

’90年から3年連続チャンピオンの偉業を達成し、4連覇の可能性があった中でのアクシデント。しかも選手生命まで失ってしまったのだ。どんなアスリート、いやどんな人間でも心が折れ自暴自棄になってもおかしくない状況だ。そんな環境で車椅子に乗り、翌年にサーキットに戻って来るなんて、少なくとも常人の自分には考えられない。

ウェイン・レイニー
1960年生まれ、アメリカ出身。1984年に世界GPデビュー。1990~1992年にかけてGP500ccクラスで3連覇を果たした。1993年、イタリアGPで起こったハイサイドで下半身不随に。しかし翌年から自身のチームを率いて世界GPに戻ってきた。写真は1990年に初めて王座を獲得した時のポディウム

どのグランプリかは定かではないが、車椅子で移動しているウェインに話しかけると「ああ、お前か」という表情で見返してきた。その人懐っこい笑顔は健在で、どうやら僕の事も認識していてくれたようだ。

安心した僕は「ちょっと聞きにくいんだけど、どう乗り越えたの」と単刀直入に切り出した。もちろん引退を余儀なくされたアクシデントのことだということは、説明するまでもなかった。するとウェインは、「君はフォトグラファーだよね。どうしてそんなこと聞くんだい」と返してきた。

僕は「僕はジャーナリストじゃないから、記事にすることは考えていない。単純に絶頂時に引退を余儀なくされた事実を、どう乗り越えたのか興味があるんだ。だって、とても受け入れられることではないでしょ」と本心を言うと、ウェインは静かに「ホスピタリティでコーヒーでも飲もうか」とチームテントに招いてくれた。不躾な質問に、激昂するか無視されるのかと思っていたが嬉しい誤算だった。

2人にコーヒーがサーブされるのを待って、ウェインはこう切り出した。「僕は不幸なのかな。少なくとも君からはそう見えたのだよね」。これに対して僕は言葉を発することができず、頷くだけだった。それを見たウェインは、「やっぱりそう見えるのか。確かにそういう側面はあるし、入院中は色々考えたよ。この先、一生足が動かないと考えると恐怖も覚えた。でも、僕の足はもう二度と動かないんだっていう事実を受け入れるまで、それほど時間はかからなかったよ」と続けた。

1989年、500ccクラス参戦2年目のウェイン。おそらくユーゴスラビアGP

「でも、選手として最高潮で、これからも数々のレコードを作れたかもしれないのに」と僕。

「そうだね、選手を続けていられたらもっと高い次元に行けたかもしれない。でも、人は必ずどこかで衰えてしまうのも事実。その衰えを感じながら引退していくのと、絶頂期で引退できるのではどちらが幸せなのかな」と続ける。

しばらくの沈黙の後「でも君は、望んで引退したわけではないよね」と言うと、「確かに望んだ形ではないよね。何しろ残りの人生を大きく変えてしまうようなアクシデントに遭ったのだから。それでもチャンピオンのまま引退できたと考えれば、悪くないんじゃないかな。現役を退くタイミングっていうのは、本当に難しいからね。僕は、それを神様に決めてもらったと考えているよ」。

そう言い切るウェインの表情からは、本当に後悔のかけらすら伺えなかった。今まで引退する多くのライダーを見てきたが、やりきった顔で去っていくのは稀だ。ほとんどのライダーが、第三者によって引退勧告をされ、否応なく引退させられる。それは若いライダーのチャンスにもつながるし、良い意味での新陳代謝なのかもしれない。

当時の4強、ローソン、シュワンツ、ウェイン、ガードナーがフロントローに並んだシーン。1990年のどこかのGPで撮影した1枚

それでも、「まだやれる」と思いながら涙をのむライダー達に、僕なんかがかけられる言葉は見当たらない。確かにどんな天才ライダーでも、衰え、老いてゆく。潮時というのは、万人に平等に訪れる。

もしウェインが健常でライダーを続けていたなら、ケヴィンの引退も伸びたかもしれない。ミック・ドゥーハンが絶対王者と呼ばれる事もなかったかもしれない。色々な思いはあるが、衰え弱っていくウェインの姿を見なくて済んだという言い方もある。何はともあれ僕たち第三者は、当人の判断を受け入れるだけだ。

ウェインの言う「神の判断」というのはいまいち納得がいかないが、絶頂期で引退を考えるライダーはほぼ皆無だ。もしかしたら、最もヒーローに相応しい引退だったのかもしれない。不躾な質問に真摯に答えてくれるウェインの笑顔は、僕にそう思わせてくれるほど屈託のない表情だった。

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