【元MotoGPマシンエンジニア”ANDY”の整備講座】ボルトを正しく締めることは実は難しい作業
元HRCのエンジニアで、鈴鹿8耐に出場したライダーでもあるANDYが、これまでの整備やレースの経験で得てきた「本当に役立つ」メンテナンスに関わるアレコレをご紹介していきます!
PHOTO/K.MASUDA TEXT/ANDY
摩擦の安定化が正しい締め付けの基本
今回はネジ締めについてです。このネジ締めについての理解力は、バイクの性能に直結するとても重要なパートです。
まず知ってほしい3つの言葉があります。それは「トルク」「摩擦力」「軸力」です。これらを正しく理解することで、愛車のネジやボルトを締め付ける過程で、性能を引き上げる事が可能です。もし理解が不足していると性能を低下させてしまう事になってしまいます!
ボルトを締めるということは、端的に言うと「バネとひずみのコントロール」です。バネに相当するのはボルト、ひずみに相当するのはボルトによって締め付けられる部品です。
実はボルトは、バネが変形して元に戻ろうとする力を利用しています。ボルトは自分自身が引っ張られて伸びます。すると、元の長さに縮んで戻ろうとするバネの力が生まれます。この戻ろうとする力の事を軸力と言い、軸力が大きいほど強い力で締め付けられるのです。例えるなら、ボルトによって軸力という名の重しが乗っているのと同じ状況です。
次にボルトに締め付けられる部品は、ボルトが縮もうとする力を受けて圧縮されます。すると力を受けた部品は変形します。この変形のことを「ひずみ」と言い、ボルトの軸力が大きいほど変形も大きくなっていきます。特にエンジンなど軽量化のために薄く作られている部品は、ボルトの軸力による変形が起こりやすく、強く締め過ぎると変形量が許容範囲を超え、狙った形状から外れてしまう場合があります。
心情としては「緩まないようにギュッ!」と強く締めたくなると思います。しかし、強過ぎる締め付けは想定された軸力を超え、部品のひずみが大きくなります。その結果、本来部品が持つ性能を発揮できない状態(形状)になります。
例えば回転物がスムーズに回らなかったり、真円度が狂ってしまったり、適正なクリアランスから外れてしまうのです。適切な締め付けとは、軸力とひずみ(変形)の管理を行うことなのです。
そして厄介な事に、軸力の値は測定できません。その理由を知るにはトルクを理解する必要があります。
トルクは、ボルトを回転させる力のことです。ボルトを強く締めるほど軸力も高くなるのですが、そのほとんどをネジ部と座面部の摩擦力に奪われてしまうのです。実際に得られる軸力はわずかで、摩擦力の方が圧倒的に大きく、軸力と摩擦力の和が締め付けトルクとなります。
標準的なボルトで締め付けトルクを100とした場合、ネジ部の摩擦が約42%、座面部の摩擦が約42%、軸力が約16%程度になります。(ボルト径が太くなるほど摩擦力が大きくなり軸力が出にくい)。この摩擦と軸力の関係性が見えないことが、締め付け作業が難しい最大の理由です。
しかし、視点を変えれば摩擦を安定させる事こそが、最も安定した締め付けができる、とも言えるのです。正しいボルトの締め方は、すべてのボルトの摩擦を一定に保つ事と言えます。
逆に最も恐ろしい状態とは、まったく締まっていないのに、摩擦力が高すぎてボルトが動かない状態です(摩擦100%、軸力0%)。ですから、正しくボルトを締めるためには一定のトルクで締め付けると同時に、ネジや座面部の摩擦も一定に保つ必要があります。
同じボルトを10本、すべてトルクレンチを使って締めても、座面やネジ部の摩擦がバラバラでは軸力も揃いません。すると部品のひずみが揃わないため、さまざまな性能を低下させる要因となってしまいます。締め付けとは、トルクと摩擦をコントロールして軸力を安定させる事なのです。
ボルトのサイズ表記
ボルトには世界共通のサイズ表記があります。例えば「M6×50 P1.0」という表記の場合、M6はメートル規格のボルトでネジ山の頂点間の直径が6mmである事を示し、50はボルトの首下の長さが50mmである事を示します。P1.0はネジ山とネジ山のピッチ(間隔)が1.0mmという意味。
バイクの場合M6~ 8まではP1.0が使われる事が多く、M10はP1.0とP1.25の両方が存在します。
ボルトが締まる原理はバネと同じ
すべてのボルトは、バネの復元力が部品を固定する力の源です。ボルトを締める事でボルト自身が引き伸ばされます。その伸びたボルトが元の長さに縮もうとする力(バネ力)が軸力です。この軸力を一定に保つことで、締め付け力と部品のひずみを理想の形にコントロールする事ができます。
バネの力が大き過ぎれば過大な変形となり、バネ力が小さすぎればボルトが緩んでしまいます。
軸力の関係性
サイズにもよりますが、締め付けトルクを100とした場合、座面の摩擦力が45~70%、ねじ部の摩擦力が40~60%、軸力が8~18%の割合です。
摩擦を安定させる事は、締め付けを安定させる重要な要素なのです
安定したボルトの締め付けに必要なこと
正確な締め付けにはボルトと雌ねじの摩擦の安定化が必須。汚れや異物を除去し、ねじ部と座面部の荒れなどが無いかしっかり確認。ボルトを入れる時はまず手で挿入、次に工具の順序がおすすめ。特に細くて長いボルトは要注意です。
グリスアップする場合はモリブデングリスをハミ出ない程度、ねじ部と座面部に塗布します。締め付ける際は摩擦が減少するため、トルク設定の下限値で行います。
トルクレンチは正しく使う
プリセット型トルクレンチは、ボルトが回転している途中(動摩擦)で「カチ」とプリセットを作動させるのが正しい使い方。静止している状態(静摩擦)は間違いなので要注意。締め付ける回転スピードも摩擦に影響するため、常に一定の速度で締めて下さい。保管はトルクレンチの設定を最弱にすると測定精度を長持ちさせられます。レンチを持つ位置も大切で、正しくグリップ部分を持った時に正確な値となります。