RZ250からNinjaZX-25Rまで 人気モデルで振り返る250ccスポーツモデル『今昔物語』
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日本独自の免許制度の中で、隆盛を誇った250ccスポーツその歴史を語るには、途方もない時間を巻き戻さなくてはならないのだがここではレーサーレプリカの礎を築いたRZ250から振り返ってみよう。
250ccスポーツを取り巻く 今昔物語
1980 YAMAHA RZ250~2020 KAWASAKI Ninja ZX-25R
カワサキのニンジャZX25R は、今年のバイク界の顔と言っていい。正式に発表されるとオーダーが殺到。年間の販売予定台数5000台はアッと言う間に埋まり、現在もかなりのバックオーダーを抱えている状態だ。
このクラスがこれほど盛り上がりを見せたのは久しぶりのことである。ZX25Rに搭載される4気筒はレーサーレプリカ世代にとっては懐かしく、若者にとっては新鮮なものに違いない。ここからは、250㏄ク ラスを取り巻いてきた過去のモデルやエンジンを振り返ってみたい。
歴史を遡ると際限がなく、ホンダ・ドリームC70( 57年)やCB72(61年)、ヤマハDT1(68年)といった名車を忘れてはいけないが、ここは80年代の幕開けを担ったヤマハRZ250から始めていこう。 RZ250はヤマハにとって起死回生の1台になった。
70年代はオイルショックと排ガス規制のダブルショックで、どのメーカーも2ストロークから手を引こうとする中、ヤマハは市販レーサーTZ250をなぞるカタチでこれを設計。そこにあっ たのは、「どうせ最後なら」という 開き直りだったが大ヒットを記録し、結果的に他メーカーも開発に乗り出すなど、潮目が変わった。
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オイルショックと排ガス規制の中、風前の灯だった2ストロークエンジンを搭載し、衝撃 のデビュー。市販レーサーTZを下敷きとし、ヤマハの量産市販車初の水冷でもあった
ただしホンダはVT250Fを送り込み、4ストロークメーカーとしての矜持を見せた。驚くべきことにRZ250と同じ35psを4ストローク2気筒で絞り出し、レッドゾーンは12500rpm(RZは9500rpm)から始まる高回 転ユニットに仕立てられていた。そのパワーとフロント16インチのシャープなハンドリングで、RZ250を追い詰めるという図式にファンは 熱狂したのである。
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RZに4ストロークで対抗すべく開発されたホンダの意地。事実、35psの最高出力はRZとまったく同じで、俊敏な走りを実現していた
それからほどなく、レーシングマシンさながらのカウルを纏い、正真正銘のレーサーレプリカとして発売されたのがスズキRG250Γだ。このモデルによって、時代は一気に加速。単気筒、2気筒、3気筒(2ストロークのみ) 、4気筒のそれぞれが入り乱れながら、百花繚乱の80年代を彩ったのである。
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量産市販車初のアルミフレームを採用し、GPマシンさながらのカウルを纏ってデビュー。乾燥重量はわずか131kgに過ぎなかった
この頃、4ストローク4気筒は珍しい存在ではなかった。缶コーヒーの直径より遥かに小さい径のピストンにバルブが連動。それらが等間隔で爆発しながら、小さなF1マシンのような雄叫びを上げるのだ。手の内に収まる超精密機械の世界観に多くの日本人が魅了された。
初の4 ストローク4気筒モデルはスズキGS250FWだが、高回転化はヤマハFZ250フェーザーから始まる。「4サイクルのRZ」と呼ばれたそれは圧倒的な存在感でクラストップに君臨。他メーカーも心血を注ぎ、ホンダCBR250フォアやスズキGSX-R250などが登場するや、ヤマハはFZR250Rで応酬した。こうした開発競争が2ストローク250㏄の世界でも平行して行われていたのだから、時代のパワーには圧倒される。
国産初の250cc4気筒モデルスペック
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250ccクラスに水冷4ストローク4気筒を採用した世界初の市販車。最高出力が36ps だったこともあり(同年のRG250Γは45ps)、ビジネス的にはヒットに至らなかった
高回転化の始まり
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4ストローク版RZともいうべきハイスペ ックマシンがこれだ。45psの最高出力を14500rpmで発揮し、レブリミットは16000rpmで作動する高回転型だった
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4ストローク250ccのレース「SP250F」向けに登場したGSX-R250の上位グレード。クロスミッションが標準 装備され、サスペンションも強化されていた
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フレームこそスチール だったが、エンジンを強化。可変排気バルブ EXUPが採用され、低中速のトルクを確保しながら上は17000rpmまで回った
そういう熾烈な争いを静観していたのがカワサキだ。 4気筒には手を出さず、2気筒のGPX250Rで独自の路線を進むのか思いきや、突如ZXR250(89年)を発表。レブリミッターはクラストップの19000rpmを公称し、ライバルを突き放したのである。
ホンダはこれに反応する力を残していた。90年にLCGフレームとガルアームを採用したCBR250RRの発売を開始。前後にラジアルタイヤを組み合わせて運動性を高め、レブリミッターも19000rpmにまで引き上げて、カワサキに対してマウントを取った。 結果的に、これが4ストローク4気筒のピークになった。
ほどなく、最高出力が45psから40psに規制されることが決まり、なによりその前年にカワサキ自身がアンチレプリカの先鋒となるゼファーを400㏄クラスに投入した。これが際限のないスペック争いに終止符を打ち、その流れは250㏄クラスにも波及したのである。
ピークを迎えたスペック
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LCGアルミフレーム、ガルアーム、前後ラジアルタイヤの採用に加え、エンジンは19000rpmまで回り切る超高回転ユニットを搭載して登場。当時の価格は59万9000円
実際、92年に新馬力規制が適用されると、250㏄クラスのマーケットは劇的に変化した。それまではレーサーレプリカが販売実績の上位を 占拠していたが、翌93年のトップ5は1位からカワサキ・バリオス、ヤマハTT250R、ヤマハXV250ビラーゴ、ホンダ・フリーウェイ、 スズキ・バンディット250というものだった。6位にようやくホンダNSR250Rがランクインしたに過ぎず、4ストローク4気筒勢はトップ10にも入っていない。
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スペック至上主義に反し、流麗なスタイルを纏って登場した新世代ネイキッド。異なるメッキが使い分けられるなど、他のモデルにはない質感が魅力だった
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ZX-25Rが登場するまで4ストローク250ccの牙城を守った最後の4気筒モデル。最高出力は40ps/14000rpm で、当時の価格は54万4950円だった
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最強最速の座に君臨したハチハチ(’88年型)NSR。年間2万4000台という大ヒットを記録し、SPは市販車初のマグネシウムホイールを採用していた
あまりに早い移ろいに儚さを思うばかりだが、時代は繰り返すものでもある。レーサーレプリカブームを終わらせたのがカワサキなら、2気筒のニンジャ250R(08年)を発売してフルカウル&セパレートハンドルのスポーツモデルに再び光を当てたのもカワサキだ。
80年代を知る世代はその牧歌的なエンジンに懐疑的だった一方、若者には受け入れられ、想定以上のヒットを記録した。他メーカーが慌てて後追いしようにも開発が追いつくはずもなく、結局、ホンダCBR250R(11年)、スズキGSR250(12年)、ヤマハYZF-R25(14年) 、そしてホンダCBR250RR(17年)の順に競合車が出揃うまでに、9年も要したのである。
スペックに拘らない新時代
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近年、目立った動きのなかった250ccスポー ツの世界が活況を取り戻るきっかけを作ったモデル。エンジンの源流は80年代まで遡る2気筒ながら手軽なスポーツ性がウケた
その月日の中で、誰も4気筒を引き合いに出さなくなった。甲高い高周波サウンドも、 45psの最高出力がもたらす加速感も記憶から薄れ、朴訥としたエンジンに慣らされたと言ってもいい。なにより元レーサーレプリカ世代は、現アラフィフかそれ以上である。何十年もバイクから離れていたライダーがリターンを決めた時、2気筒の穏やかさはむしろ歓迎すべきキャラクターでもあった。
それが定着し、2気筒がしのぎを削っていくのかと思いきや、今度はそこに4気筒のZX25Rである。カワサキのこの自由闊達さは特筆に値する。あの頃のように他メーカーが追随するかどうかは読めないものの、ユーザーにとっては歓迎すべき流れである。期待を込めて、新しい時代の動向を注視していきたい。