BMW M1000RR 中野真矢が感じた高回転域での優位性 プラス500rpmが引き出す直4の真価
BMWの“M”といえば、クルマの世界では言わずと知れた直系チューナーである。 クルマ好きなら一度は憧れる名車を生み出してきたが、98年におよぶBMWの歴史において、Mを冠したバイクが登場するのは初めてのこと。 “M”がどれほどのポテンシャルを秘めているのか、中野真矢が確かめた。
中野真矢が感じた高回転域での優位性 プラス500rpmが引き出す直4の真価
BMWの“M”の称号に対する憧れは僕にもあった。僕の世代はやはりM3で、レースで培った技術を市販車にフィードバックすることによる走行性能の高さや、メーカー直系のチューナーが専用開発するその姿勢に惹かれたからだ。
だからM1000RRが登場する、あのMがとうとうバイクのチューニングも手がけた、と聞いたときは胸が躍る気分だった。しかもベース車のS1000RRはそもそも素性がよく、速いバイクだ。
あれ以上の走行性能やフィーリングの良さを引き出すのは容易なことではない。直系チューナーとしての実績がある“M”だからこそ可能にしたのだろう、という予想があった。
S1000RRは、初代からその完成度の高さに驚かされた。モデルチェンジするたびに確実な進化を遂げており、搭載される直4エンジンは公道でもそのポテンシャルを引き出しやすく、画期的なスーパースポーツといえる。フレンドリーさを持ち合わせたスーパースポーツとして、僕はかなり気に入っている。
現行モデルではそのフレンドリーさがやや影を薄め、よりレーシーになったという印象がある。サーキットに持ち込めば、さらに上の性能を引き出せるし、速い。
だからといって公道での扱いやすさや面白さがスポイルされたかというと、そんなことはない。あくまでも基本の設計思想に忠実な作り込みで、そこは初代からまったく変わっていない大きな特徴だ。
これは何もS1000RRに限ったことではなく、ほかのBMWにも通じている特徴だ。エンジン形式や排気量、カテゴリーが違っても、パワーフィーリングの良さやスロットルの開けやすさであったり、ブレーキやコーナリングなど、安定性にブレがなく、安心して乗れる。
BMWの思想とか哲学というような、どのモデルであっても共通する開発姿勢があるのではないか、と僕は考えている。機会があればBMWのエンジニアやデザイナー、テストライダーに、そのあたりのことをインタビューして確かめてみたい。
そんなふうに僕は、BMWに対してひとつの信頼を置いているし、S1000RRにも好印象を持っている。
そのうえで走らせたM1000RRのファーストインプレッションは、エンジンの回転フィーリングやパワーの出方、コーナリングでの安定性、電子制御の効き方、車体の軽さといった、バイクの速さや楽しさを作り出す要素のすべてが、S1000RRよりも上質になっている、ということだ。
レーシングマシンに、いっそう近づいた市販車ともいえる。「これがMチューニングか!」と思わず感嘆がもれるような仕上がりなのだ。
どの部分がどう上質かつレーシーになっているのかというと、まずエンジンだ。暖機運転をしながらブリッピングしただけで、回転上昇の軽さ、レスポンスの良さ、存分にあふれるパワーを感じることができる。
2本リング仕様としたピストンは1個あたり12g、幅を狭めてDLCコーティングしたロッカーアーム1本あたり0・45g、チタン製コンロッドは1本あたり85gと、M1000RRのエンジンは徹底した軽量化とフリクションロス低減が図られているそうなのだが、それらをすぐに感じることができる。
高回転域まで一気に吹け上がるフィーリングは、レーサーのそれと同質だ。モトGPを走っていた頃をふと思い出してしまうほどで、僕にとっては懐かしさすら感じる。それくらいレーサーのエンジンに近い。
そのためM1000RRの後でS1000RRに乗り換えると、エンジンの吹け上がりにやや重さを感じてしまう。しかしそれは、M1000RRの直後だから感じられるもので、S1000RRだけに乗っていたのならまったく気にならない。
直4らしさを究極まで追求した“M”チューニング
M1000RRのエンジンの良さはほかにもある。S1000RRよりも5㎰高められて212㎰となったパワーもそうなのだが、それ以上にすばらしい点はレブリミットが500rpm高くなっていることだ。
たった500rpmで何が違うのか、と思うかもしれない。しかしこの500rpmこそが、直4の特徴である高回転域のパワーを最大限に引き出す武器だ。
レーシングマシンでは上限が500rpm違うだけで、チューニングはもちろんのこと、レースの組み立て方も変わってくる。
ミッションやスプロケットを含めて減速比を調整するし、コーナーによっては立ち上がっている途中でレブリミットに当たってしまうこともあるから、ライン取りや駆け引きも変わってしまう。
だから500……いや300rpmだけでも引っ張ることができれば、そうした場面でも余裕が生まれるし、そのひと伸びがあることでコーナーを立ち上がり、加速体勢をきちんと作ってからシフトアップできる直4エンジンの魅力は、リミッターが効くギリギリまで回せることにある。
それを体感できることが、M1000RRの醍醐味だし、プラス500rpmの領域こそがこのバイクが真価を発揮できる場面だ。
そうはいっても、これは公道で引き出せる領域ではないし、サーキットであっても万人が経験できるものでもない。1万2000rpm以上でやっと本性を現す。
そんなバイクだから、それなりのライディングスキルを必要とする。だが、プラス500rpmだけがM1000RRの良さではない。繰り返しになるが、そこへ至るまでのエンジンフィーリングも“M”ならではの美点だ。
そんなエンジンに加えて、車体も軽い。カタログスペックの装備重量は192㎏だ。
それだけに、タイヤに熱を入れるまでは車体の挙動に不安定さもあったし、ペースを上げていけばその軽さが仇となってフロントの不安定さにつながるのではないかという予感があった。
しかしペースを上げてもそのような挙動は起きないし、パワーをかけてもフロントが浮き上がりにくい。もちろんその気になればウイリーするし、そうなれば電子制御も効いてくる。それとは別に、絶えずフロントを押し下げている力が働いている。
ストレートだけではなくコーナリングでもそれがあり、車体中央から後ろは軽いのに、フロント荷重がしっかりと効いている。まるで誰かがフロントを押さえているような初めての感覚で、慣れるまではコーナリング動作がワンテンポ遅れがちだ。
そう、これがウイングレットの効果だ。これまでもウイングレットを装備したバイクに乗ったことはあったが、袖ケ浦フォレスト・レースウェイの速度域でここまで明確に効果を感じられることはなかった。
BMWの公式資料によれば50㎞/hでもフロントに0.4㎏、リアに0.1㎏のダウンフォースを発生させるという。100㎞/hでは、それぞれ1.5㎏、0.3㎏まで増加するそうだ。
この安定性はウイングレットだけでなく、S1000RRよりも増大したトレールや延長されたスイングアームとホイールベースといったディメンションも、M1000RRならではの走りに寄与しているはずだ。
ダウンフォース効果はコーナー立ち上がりでもしっかりと効いている。安定性の正体がわかり、その感覚に慣れてくるとどんどん攻めていける。走り込むほどにM1000RRのトータルバランスの良さを感じられる。
走行モードを切り替えても、それは変わらない。ロード、ダイナミック、レース。どのモードにおいてもパワーカーブが練り込まれている。サーキット走行であっても、ロードとダイナミックで十分に速くて楽しく、その微妙な違いを感じられる。
レースに設定すると、そのつもりがなくてもコーナー立ち上がりでスライドがはじまり、路面にブラックマークを残す。はっきりとしたパワーを感じられるが、あくまでスムーズな特性だ。
これはS1000RRも同じで、マッピングにわざとらしさがない。とくにスロットル開けはじめの挙動がスムーズで加速フィーリングがいいし、どのモード、どの速度域であっても違和感がない。エンジンの素性の良さをしっかりと生かすため丁寧に作り込んだ印象だ。
エンジン、シャシー、電子制御、そのすべてにSBKのフィードバックは間違いなく入っているだろう。
環境保護のための規制強化が進み、電動化も目前に迫る今、各メーカーのエンジニアたちはこれが最後とばかりに最高傑作のエンジンを作り出している。
その中でもM1000RRの直4エンジンのパワーとフィーリングの質は高く、“M”への憧れをますます強めてくれる。
BMW直系のレーシング仕様マシン それが“M”だ
BMW Mは1972年に設立されたBMWのモータースポーツ研究開発を行うグループ会社だ。欧州ツーリングカー選手権参戦マシンの製作をはじめ、F1エンジンの開発も手がけた。
’85年に発売したM3はグループAの規定と同一仕様で登場し、レースでの実績とともに世界的に人気を集め、憧れの対象となった。
クルマでは数々の名車を生み出してきたが、バイクでのMはこれが記念すべき第1号車。クルマではSUVのX5などにもM仕様があり、M-GSが登場しても不思議ではない。
BMW M 1000 RR
価格差以上の性能パーツが盛り込まれた“M”
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