KAWASAKI Ninja ZX-10R インプレッション【洗練の駿馬】
パワーを支配する電子制御、電子制御を支配する人
「より速く走るための武器」。モータースポーツシーンにおける電子制御は、そのように進化を続けている。
ポイントは「制御」。広辞苑には、「相手が自由勝手にするのをおさえて自分の思うように支配すること。統御」「機械や設備が目的通り作動するように操作すること」とある。 バイクの制御における「相手」とは、エンジンパワーのことだ。今や、量産スーパースポーツに搭載されるハイスペックエンジンは、200㎰をやすやすと超える。
この途方もないパワーに自由勝手に振る舞われては、到底手に負えない。だから「自分の思うように支配」し、「目的通り作動」させる。
サーキット走行を主眼に開発されたスーパースポーツの「目的」とは、言うまでもなく速く走ることだ。速く走るためにパワーを高め、速く走るためにこれを抑える。矛盾を原動力として、トータルパフォーマンスを高めてきた。
そして、トップライダーたちは、パワーを支配する電子制御をも、速く走るための道具として使い切ろうとするのだ。人よりはるかに高い精度で、安定してパワーをコントロールする電子制御。優れた乗り手は、それを「支配」しようとする。 飽くことなき、速さの追求。ここではその一端を覗く。
Ninja ZX-10R ライディングモードインプレッション
国産スーパースポーツの中でも優れた電子制御を持つNinja ZX-10R。話のタネとして、最初にブラインドテストを行った。Ninja ZX-10Rのエンジンモード表示を隠したうえでスタッフにランダムで設定してもらい、自分が今どのモードで走っているかを当てる、というものだ。
レインは、かなりパワーが間引かれるのですぐに分かった。だが、ロードとスポーツは、どちらがどちらかすぐには分からず、結構悩んだ。
正直、フィーリングだけではほとんど差が感じられない。最終的には、コーナー立ち上がりでの後輪スライド量で判断して、正解に辿り着くことができた。後輪がより多くスライドした方がスポーツ、若干スライドしづらい方がロード、というわけだ。
これは僕にとって、素晴らしい結果だった。パワーを大きく目減りさせているレインは別として、ロードとスポーツの違いがあまり分からなかったことに、僕は喜んでいた。
各モードにはクッキリとした差がある方がいいように思われるかもしれない。だが「クッキリとした差」は違和感につながる。そして違和感は、スロットルをひねることをためらわせる。ほんのわずかだが、それは確実にタイムロスとなる。
今のMotoGPはレース中にエンジンのマッピングを切り換える。さまざまな戦略的な狙いがあるが、主には、タイヤグリップが低下していくレース終盤に、タイヤへの攻撃性が低いエンジン特性にするためだ。ライダーは、常に限界域でギリギリの走りをしている。そんな最中のマッピング切り換えによって違和感が生じてしまっては、安心して攻められない。
僕自身、カワサキ・MotoGPライダーとしてZX‐RRの電子制御の開発に少なからず関わったが、違和感をなくすことにはかなり注力した。だから今回、Ninja ZX-10Rのモードを切り換えても、ロードとスポーツで違和感がなかったことが、うれしかった。MotoGPマシンの開発からフィードバックされていることを感じ取れたからだ。
バイクによっては、モード切り替えを分かりやすく演出するために、あえて差を大きく付けているものもある。僕はそういう演出はいらない。あくまでもスムーズに、できるだけ分からないように、こっそりと特性を変えてくれた方がいい。
開発にあたっては、とても手間がかかる作業だ。だが、じっくりと手間と時間をかけた時にこそ、電子制御の完成度は高まり、洗練されたものになる。
(中野真矢)
電子制御はプロライダーの武器
圧巻の走りだった。伸びやかに走る中野さんが、Ninja ZX‐10Rの各モードを完全に使い切っている。
「電子制御に頼った方がいい箇所と、頼らずに自分でコントロールした方がいい箇所があることに気付きました。非常に興味深かったですね」と中野さん。わずかな周回数の中でも、慎重にペースアップしたという。とてもそうは見えなかったが……。
「メーカーによって、そしてモデルによっても、電子制御の介入の仕方や度合い、挙動が異なります。そのクセが分からないと、確信を持って攻めることができない。Ninja ZX‐10Rの制御はほとんど違和感がありません。それでも例えば2速でスロットル全開にした時、モードによってどれぐらいリアがスライドするか、などを確認しながらペースを上げていきました」
MotoGPマシンを操り、限界域で走らせてきた中野さんにとって、いかにハイパワーなスーパースポーツと言えども、完全に掌中にある。
「大事なのはベースのエンジンがちゃんとしていること。いかにライダーの望み通りに反応してくれるか、という基本がしっかり作り込まれていることが前提です。
その上で、電子制御がどう人間に寄り添うかが問われる。例えば、リアもまったくスライドしなければいいわけではありません。若干のスライドがなければ、走りの感触が得られない。その「若干」がキモ。かなり繊細な味付けだと思います。
電子制御は、僕にとって縁の下の力持ち。最後の最後に、少しサポートしてくれるだけでいいんです」
バイクを自分の支配下に置ける人にしか発することができない、迫力のコメントである。
高いスキルの持ち主は電子制御を超えていく
「電子制御を使いこなす」とは、いったいどういうことか。中野真矢さんの渾身のタイムアタックが、それを具現化してくれた。各モードの特性を瞬く間に見抜き、どうすれば最良のタイムが出せるかを探り当てる。プロライダーの凄味が弾けた。
【袖ケ浦フォレスト・レースウェイ】1周2.4kmのテクニカルコース。コース幅が広く、ビギナーでも走りやすい。本誌主催のサーキット走行会「ライディングパーティ」の開催地でもある
制御を利用して走りを組み立てる
中野さんのアタックをGPSロガーのデジスパイスで分析。速度の推移を見る。どのモードも斜めの上下線はほぼ一致。加減速に迷いがない。a:2コーナーの先は、開け切れるロードモードの方が速いb:8コーナー進入直前は、スポーツモードの車速の伸びがいい。低いギアで引っ張り、パワーを生かしているc:9から10コーナーにかけての加減速もスポーツモードは引っ張り切り、車速を落とさないように進入している。タイム出しの走りだ。
モードによって旋回速度が変わる
コーナーによるが、コーナーのボトムスピード(もっとも低下した速度)はレインモードの方が高いことも。パワーが不足している分を補うためにスロットルを開け、コーナリングスピードでタイムを稼ごうとしているのだ。
電子制御はアマチュアライダーのお守り
編集・藤田の走り。a:レインモードの車速が高く、スポーツモードの方が低い。パワーを持て余している証b:探り探りの旋回。パワー差によるバラつきが極端に表れるc:ここもレインモードの方がスロットルを開けられている。