全日本JSB1000王座を戦うSBKチャンピオンマシン”DUCATI Panigale V4 R”獰猛で繊細な電子獣
猛烈なパワーで、スーパーバイク世界選手権を席巻しているパニガーレV4R。しかし全日本ロードJSB1000では、ヤマハ・ファクトリーチームの後塵を拝している。その要因はどこにあるのか。自らもメカニズムに明るい加賀山就臣監督が、開幕からの2戦を振り返り解説する。
この記事の内容はRIDERS CLUB 2024年 7月号 に掲載された内容です。
PHOTO/S.MAYUMI TEXT/G.TAKAHASHI
恐ろしいほどに多機能もっとデータが必要だ
目の前には、スーパーバイク世界選手権で、2022年から2023年にかけて2年連続でチャンピオンの座に輝いたドゥカティ・パニガーレV4Rがある。加賀山就臣はそのマシンを眺めながら、衝撃を受けていた。
加賀山は、自らの名を冠するチームカガヤマの監督である。今シーズンは水野涼をライダーに迎え、全日本ロードJSB1000クラスで勝てるマシンとしてV4Rを選んだ。今年1月、スクーリングのためにイタリアのドゥカティ本社を訪れ、V4Rに対面した加賀山は、独特なメカニズムに強く引き込まれていた。
「なんだこれは……」
衝撃的だった。加賀山は、世界選手権でライダーとしての長い経験を持つベテランだ。その彼でも、見たことがないマシンがそこにあった。
「長くレースをしてきたけど、V4Rは見慣れた日本車とはまったく違う哲学で作られていたんです。もっとも驚かされたのは、車体構成かな。日本車だと、まずメインフレームありき。ごついツインスパーフレームにエンジンを積んで、フロントサスペンション、スイングアームなどを取り付けていく。
でもV4Rはそうじゃない。まず、エンジンから話が始まる。スタンドに置かれたエンジンそのものに、主要部品を取り付けていくんですよ。日本車だと『エンジンを載せる、下ろす』と言いますよね。それって、フレームにエンジンがぶら下がっている、という考え方の表れだと思う。
でも、その表現はV4Rに当てはまらない。エンジンと車体はほぼ一体。『エンジンを下ろす』というような別体構造じゃないんですよ」
剛性や強度に対する考え方もショッキングだったと言う。例えばV4Rのスイングアームは、エンジンの左右にボルトマウントされている。多くの日本車のように、ピボットの左右を貫通しているシャフトは無い。いわゆるピボットレス構造だ。
ドゥカティは長年この構造にこだわり続けてきた。一方の日本車は、ピボットレスにもトライしたものの、結局は保守的な構造を主流として現在に至っている。手堅い安全策だ。
「そういう違いが数え切れないほどあるんです。ドゥカティと日本車、どちらがいい、悪いという話じゃない。それぞれにメリット、デメリットはあるだろうから。何を選ぶかは、メーカーの哲学の違いでしかない。ただ、レースは結果がすべて。ライダーが気持ちよく速く走れてナンボなんです。MotoGPやスーパーバイク世界選手権でのドゥカティと日本車の結果の差が、何事かをしっかりと物語っているんじゃないかな」
レース専用のプロトタイプマシンで競うMotoGPも、量産車ベースのマシンで競うスーパーバイク世界選手権も、ドゥカティが席巻している。
誰が、どのコースで乗っても確実に上位につけ、優勝を重ね、チャンピオンを奪い獲る。対して日本車は、明確な低迷状態にある。加賀山の指摘はオブラートにくるまれているが、現状でどちらの考え方が正しいのかは結果に明らかだ。
そして同時に、加賀山にも厳しい現実を突きつける。
「世界で勝てるマシンなら、全日本でも勝っておかしくない」はずだが、ここまでの2戦、全3レースでV4Rを駆る水野涼が未勝利である、という現実だ。
加賀山は、そこから目を背けていないし、逃げることもない。
「応援してくださっているファンやスポンサーの皆さんには、本当に申し訳なく思います。今は何を言っても言い訳に聞こえるのかな、と。2月の体制発表会では『黒船来襲』とブチ上げましたしね。
でも、今だから言えることですが、すぐに結果が出るとは思っていなかった。レースがそんなに甘いものではないことは、僕自身が身を持って理解していますからね。
特にV4Rはファクトリーマシンだけあって、とんでもなく多機能なんです。正直言って、ビビるぐらい。それを使いこなすだけの経験値が、今の我々にはまだない。
ヤマハ・ファクトリーチーム&中須賀克行選手にどうしても届かないのは、まさに経験値の差。マシンのポテンシャルを生かし切れていないのは、チーム力の問題です」
加賀山の言う「多機能」とは、主にエンジン制御を指している。そして「経験値」とは、エンジン制御に必要なデータのことだ。
レーシングエンジンは、今や電子の塊である。ECU(エンジンコントロールユニット)に膨大なパラメーターを入力し、状況に応じた最適な出力を得ている。それは強力な武器だが、制御が非常にきめ細やかな分、精度の高いデータが必要だ。
「これはあくまでも例えですが、日本車の制御に求められるデータがセンチ単位なら、V4Rにはミリ単位以下という緻密なデータが必要、というイメージです」と加賀山。
データを採るにしても、初めての日本のサーキット路面、初めての日本の気候、初めてのブリヂストンタイヤ、そして初めてのバイオ燃料など、今までV4Rが経験していない要素がほとんどだ。だからといってパラメーターを空欄にもできず、いろいろな問題を洗い出している段階だ。
世界で頂点に立つだけの力を備えていることは、間違いない。だが、意外に繊細でもある。そう簡単に手なづけられない「電子の獣」だ。
それでも加賀山は、「可能性しか感じていません」と笑う。
「今はまだ、V4Rのポテンシャルの50〜60%ぐらいしか引き出せていない。それでもすでにヤマハ・ファクトリーに迫れていますからね。これが100%になったらどうなるのかと、楽しみで仕方がない」
2月26日、鈴鹿サーキットでのテストで初めてV4Rを走らせた水野は、ピットアウトした周にいきなり300km/h近い最高速をマークした。3〜4周してピットに戻るや、加賀山に「速ぇッス! 加速すげぇッス!」と叫んだ。
「なかなかないことなんですよ。組み上がったばかりのマシンを走らせる時、ライダーはだいたい慎重になる。そしてちょっとした不具合や不安を感じると、スロットルを戻す。でもあの時、水野はピットアウトしていきなり飛ばした。日本車育ちの彼でもすぐに安心できて、ポジティブな手応えもあったからでしょう。V4Rがレーシングマシンとして正しい方向性にあることの証です。今は未勝利ですが、あとはチームの問題。どれだけ精度の高いデータを揃えられるかに懸かっています」
そして、自信を覗かせる。
「そんなに時間はかからないかな、という手応えはあるんです。今シーズン中には勝ちますよ。ドゥカティのファクトリーマシンを走らせているとはいえ、ウチはプライベートチーム。それでヤマハ・ファクトリーに勝ったら、面白いでしょう? 勝つこと、チャンピオンになることはもちろん目標だけど、最終的に少しでも全日本ロードを盛り上げられれば1番うれしい」
「全日本を面白くしたい」という熱意が、モンスターマシンをさらに加速させつつある。