【3シリンダーの誘惑】青木宣篤が3メーカーの3気筒を試乗
三位一体。三方よし。優れたバランスを示す時にしばしば使われる、「3」という数字。独特な個性を備えている3気筒エンジン搭載車だが、その本質はどこにあるのか。現行モデルに3気筒エンジンを用いている3メーカーの各車に、青木宣篤が試乗。各車に通底する3気筒エンジンの魅力と、メーカーごとの特色を解き明かした。
青木宣篤
全日本ロードで活躍した後、世界グランプリへ。250ccクラス、500ccクラス、そしてMotoGPクラスで戦った。ランキング最上位は500ccクラスでの3位。ブリヂストンMotoGPタイヤ開発、スズキMotoGPマシン開発も
気筒配列を意識しなかったレーシングライダー時代
のっけからこんなことを言うのはどうかと思うが、現役時代の私は、レーシングマシンのエンジンの気筒配列を意識したことがなかった。理由は簡単。速ければ何でもよかったからである。
バイクを趣味としている皆さんにとっては、気筒配列の違いによるフィーリングの差異も、おそらく大きな楽しみのひとつだろう。だが、勝つことだけを考えていた私に、「フィーリング」という価値観はなかった。ただひたすらタイムとにらめっこして、速いか、速くないかだけで判断していたのだ。
思えば、レースでは単気筒、2気筒、3気筒、4気筒、そして5気筒を走らせた。直列もあれば、V型もある。しかし、それら気筒配列による優劣や差は、本当に気にしたことがない。速かったか、速くなかったか。そして勝てたか、勝てないか。ただそれだけだ。
だが、そういったシンプルな価値観の中でも「勝てなかったけれど印象に残ったマシン」というものがあるのも確かだ。武器が尖っていて、「その一点勝負でどうにか勝てないか」と思えたマシン。私の経験の中では、’02〜’03年に走らせたプロトンKR3はそんな1台だ。
とにかくコーナリングスピードが速かったのは、今になって思えばV型3気筒という気筒配列の恩恵だったのだろう。当時はあまり意識していなかったが、今になって改めてそう思うのは、今回、ヤマハ、MVアグスタ、そしてトライアンフの直列3気筒をテストしたからだろう。
プロトンKR3はV型2ストロークで、今回テストしたモデルは直列4ストローク。排気量もそれぞれすべて異なる。だが、気筒配列という観点からバイクを意識したことがなかった私でさえ、「なるほど!」と思わされることが多かった。そして確かに3気筒には、特有の利点があると気付かされたのである。
運動性能とパワーが好バランスな3気筒
以前、とあるエンジニアから「バイクのエンジンとしてもっとも合理的なのは、1気筒あたり250㏄という排気量だ」と聞いたことがある。
その計算で行くと、単気筒250㏄、2気筒500㏄、3気筒750㏄、そして4気筒1000㏄となり、今のバイク界のエンジンラインナップとだいたい符合する。そして、各排気量ごとに概ね「いい塩梅」のハイパフォーマンスバイクが多い。
特に注目したいのは4気筒1000㏄だ。モトGPはもちろん、スーパーバイク世界選手権でもこのパッケージが使われていることからも分かるが、運動性能とパワーがもっとも高い次元でバランスできる排気量&気筒配列と言えるだろう。
逆に言えば、世界のトップカテゴリーで採用されるパッケージだけに、「極端に運動性能が高く、エンジンもハイパワー」なのだ。だから実際に4気筒1000㏄のスーパースポーツモデルは、今となっては常人が取り扱えるレベルを遥かに超えている。電子制御によって「楽しませてもらっている」けれど、あくまでも乗せられている状態だ。
バイクを走らせることの醍醐味は、そのバイクの限界域に近付くことだと私は思う。これは排気量や気筒配列にまったく関わらず、どんなバイクでも当てはまる。つまり限界が高いバイクほど、ライディングの醍醐味を味わいにくく、限界が低いほど味わいやすい、ということだ。
そういう意味では、4気筒1000㏄はもはやかなりのエキスパートライダーでない限り、本当の楽しさを引き出すことができない、というのが私の考えだ。ハイパフォーマンスなバイクを所有する喜びは確かにあると思うし、それを決して否定はしない。しかし、ことライディングだけに絞って言えば、もう少し性能レベルを落とした方が幸せになれるのではないか、と私は思う。
そこへきて3気筒750㏄といったあたりは、非常にいい線なのではないだろうか。行き過ぎではなく、物足りなくもない。スポーツライディングに志しがある多くのライダーに、無理なく勧められる範疇に収まっている感じだ。
さて、今回試乗した直列3気筒モデルは、ヤマハ・XSR900GPが888㏄、MVアグスタ・スーパーベローチェが798㏄、そしてトライアンフ・デイトナ660が660㏄となっている。
「3気筒750㏄」を基準にすると、XSRにはゆとりがあり、スーパーベローチェが運動性を考えればベストバランスで、デイトナ660は扱いやすいバイクだろう、という予想がつく。そして実際に走らせた印象は、ほぼその通りだった。
バイクに最適な気筒配列にこだわりを持ち続けること
MVアグスタは、’65年の世界グランプリ500㏄マシンに直列3気筒エンジンを採用し、強さを発揮した。トライアンフは、先に記したように’68年から直列3気筒を使い始め、現在では同社の象徴となっている。これら歴史的な背景を持つヨーロピアンメーカーに対して、いったん途絶えた直列3気筒の火を10年前に再点火したヤマハは、大英断を下したと私は思う。
というのは、「1気筒あたり250㏄がバイクのエンジンに最適」という考えが真実だとすればーーそして実際そうだと思うのだがーー、今回紹介した3気筒750㏄近辺のバイクたちは、素性としてベストバランスを備えていることになるからだ。3という数字には、バイク乗りをとりこにする魔力がある。現役時代には気にしなかった気筒配列に大きな価値があることが、今はよく分かる。
スポーツバイクが苦境に立たされている今の時代に、新たな設備投資を含め、ヤマハはそれなりのリスクを負っただろう。それでもスポーツライディングの真髄を形にするには、やはり直列3気筒というパッケージを見過ごすことはできなかったのだ。
別の国内メーカーでは、エンジニアが「3気筒を作りたい」と会社に掛け合ったものの、残念ながら認められなかった、という話を聞いたことがある。何とも惜しい。