【DUCATI Panigale V4S×中野真矢】このバイクの限界点はそう簡単には見えてこない
走り出してほんの数周で肘を擦るとは……。中野真矢さんは驚きを隠せなかった。扱いやすさが身上の新型V4Sだが、それはとてつもなく高い限界へのほんの入口に過ぎないのだ。そのことが、中野さんをさらに驚かせる。
これから僕がお伝えする新型パニガーレV4Sのインプレッションには、少し注意が必要かもしれない。
新型パニガーレV4Sは、車で言えばあくまでもフェラーリやランボルギーニのような「スーパーカー」である。普通の街乗りに適しているとは言いにくいジャンルの乗り物だ。そして、そういう乗り物だからこその緊張感やダイレクト感が、存分に味わえる。
このことを大前提として、インプレッションをお読み頂きたい。
新型は、とても乗りやすくなっている。エンジンの印象は、かなり厳しい排ガス規制、ユーロ5+に適合している影響からか、とてもマイルドだ。エキゾーストノートも、ドゥカティのスーパースポーツモデルにしては、だいぶおとなしくなった。低回転域から高回転域に至るまで全域で非常に扱いやすいので、カッチリとストッパーに当たるまでスロットルを開けられる。
従来型のエンジンはかなり荒々しく、「乗りこなしている!」という充実感はあるのだが、スロットルをおいそれとは開けにくいシーンがあったのも確かだ。
一方の新型V4Sは、どの回転域、どのバンク角からでも安心してスロットルを開けられる。同じコースを走っていても、従来型より新型の方がスロットル開度100%の時間は長いはず。実質的な速さは間違いなく新型V4Sの方が上だ。ユーロ5+に適合しながらもわずかとはいえパワーアップしているのだから、速くなっていても何らおかしくはない。
だが、かなりマイルドな印象でありながらも実際に速いというのは、かなりハイレベルな作り込みの結果だろう。
マイルドという印象は、車体も同じだ。ジオメトリーを見るとしっかりキャスターが立っているのに、新型V4Sのハンドリングにはキャスターが寝ているバイクのような落ち着いた安定感がある。サスペンションが非常にしなやかで動きを感じやすく、トラクション性能が優れているのも印象的だ。
従来型が硬くスパルタンで、ガッツリ荷重をかけなければ思うようにならないのとは対照的で、新型V4Sは低荷重からでも素直に言うことを聞く。バイクの側が先走ることなく、あくまでも従順に、ライダーの意思に忠実に従おうとする。
驚かされたのは、前後連動ブレーキのパフォーマンスだ。コーナーに進入し、フロントブレーキをリリースしても、リアブレーキを適切に引きずってくれる。これも車体の安定性向上に間違いなく一役買っている。
MotoGPマシンを走らせていた現役時代、左コーナーで右足が届かず、リアブレーキをうまく使えなかったことを思い出す。このシステムがあれば、もう少しいい成績を残せたかもしれない……(笑)。
「エンジンはマイルド、車体は素直」。この言葉だけではなかなか想像しにくいと思うが、新型V4Sの限界は極めて高いレベルまで引き上げられている。
試乗を開始してほんの数周で、あっという間に肘を擦る。これには自分でも驚いた。それで終わりではないことに、もっと驚いた。新型V4Sは、優しい顔をしながら「限界はまだまだ先だよ」「もっと行けるよ」と、誘いかけてくるのだ。
新型V4Sの限界域を体感できるのは、世界でも一握りの超スペシャリストだけだろう。「乗りやすさ」もレースに勝つための武器。あくまでも「本気のスーパーカー」なのだ。
(中野真矢)