【ドゥカティ Panigale V2 S】誰もが楽しめるダイレクトな”操作フィール”【原田哲也インプレッション】

スペイン・セビリアサーキットで行われた新型パニガーレV2 Sの試乗会に集結した、世界各国のジャーナリストたち。その中でも人一倍熱心にライディングしていたのは、ドゥカティ副社長のフランチェスコ・ミリシアさんだった。その様子を眺めながら、原田哲也さんは「だからこんなに楽しいバイクが造れるんだな……」と納得していた。

PHOTO/DUCATI TEXT/G.TAKAHASHI
取材協力/ドゥカティジャパン 70120-030-292 https://www.ducati.com/jp/
抑えを効かせた開発でひときわ高まった魅力
レースの2大世界選手権を席巻しているドゥカティ。MotoGPもスーパーバイク世界選手権も、「ドゥカティカップ」と言われるほど強い。
これにはいろいろな背景があり、いろいろな見方がある。だが確実に言えるのは、現在のドゥカティが技術面で先行している、ということだ。
その象徴が、先頃登場したパニガーレV4Sである。MotoGPマシン並みの大型ウイングを装備したこのバイクに乗る時は、僕でさえ緊張する。待っているのは、強大なパワーを絞り出すエンジン、そのパワーを自在に変化させブレーキングも高度にサポートする最新電子制御、そして最先端のフレーム技術……。
走りはもちろん楽しいのだが、「楽しさ」の内訳はかなり特殊だ。パニガーレV4Sの限界は、極めて高いところにある。そのライディングは、「乗り手がバイクの限界にどれだけ近付けるか」という壮大なチャレンジなのだ。挑んでも挑んでも見えてこない限界を追い求める作業は、正直、僕でもかなり疲れる。
そこに颯爽と登場したのが、新型パニガーレV2Sである。このバイクは、レースで技術的な強さを証明しているドゥカティのニューモデルとは思えないほど、抑えが効いている。そしてその「抑え」が、新型パニガーレV2Sを非常に魅力的な存在にしている。
モア・パワーよりレス・パワー正しかった大英断
外観を眺めて、気付くことがふたつある。まずひとつは、ウイングが省略されていることだ。つるりとしたシンプルなフロントまわりは、スポーツバイクらしい軽やかさがあって、僕のような昭和な人間にも受け入れやすく、好感が持てる。
もうひとつは、ハンドルポジションの高さだ。セパレートハンドルが、トップブリッジより若干高い位置にマウントされている。跨ってみると、決してアップライトというほどではないが、スーパースポーツというカテゴリーにしてはかなり快適な部類に入る。
ウイングがないこと。そしてツーリングにも対応できそうなハンドルポジション。見た目で分かるこれらふたつのポイントには、このパニガーレV2Sの開発コンセプトがよく表れている。このバイクは、決して性能だけを追求して作られたわけではないのだ。
そのキャラクターは、走り出してみるとより鮮明になる。このバイクは、とにかく軽い。
フラッグシップでもあるパニガーレV4Sでは感じられなかった軽快さは、純粋なライディングスピリッツが刺激され、ヘルメットの中で思わず笑顔になる。車重は176kgと実際に軽いのだが、走らせて感じる軽快感は、決して大げさではなく4気筒250ccバイクに近い。いつも言っていることだが、軽さは正義だ。軽いバイクは、それだけで無条件に楽しい。こちらの操作に対してダイレクトかつクイックに反応してくれるのだから、こんなに面白いことはない。

トップエンドモデルは、とてつもないパワーを絞り出すことが宿命づけられている。パワーを出すために、そしてそのパワーを支えるために、エンジンもシャシーもすべてがゴツく、重くなりがちだ。高荷重やハードブレーキングに耐え、超高速域でも挙動を安定させなければならないのだから、致し方ない。
もちろん軽量化にも努めるのだが、限界はある。そうして重くなった車重をパワーでカバーする、という考え方だが、そのためにまた重くなり……というイタチごっこだ。
その点、新型パニガーレV2Sは、スッパリと割り切っている。専用設計されたエンジンは、ドゥカティのお家芸とも言えるデスモドロミックを廃止し、一般的なバルブスプリングになった。最高出力は120psで、前モデルの155psより35psも大幅にダウンしている。

……ここだけ聞くと、スポーツバイクが好きな人ほど少し残念な気持ちになるかもしれない。しかし、「エンジン単体で9.5kg軽量化している」と知れば、笑顔が戻るはずだ。
この軽量化は、相当に大きい。車両全体で17kg軽量化をしているが、そのうち56%をエンジンが占めているのだから、とんでもないことだ。
技術的な詳しいことは分からないが、従来のエンジンから完全に刷新されていることは間違いない。しかもその方向を「モア・パワー」ではなく、「レス・パワー」と軽量化に向けたのは、まったくもって正しい決断だと僕は思う。
はっきり言ってしまうが、新型パニガーレV2 Sのエンジンから「パワフル」という印象は受けない。あくまでも120psなりで、今回試乗したスペイン・セビリアサーキットでは、カッチリとストッパーに当たるまでスロットルレバーを回していた。パニガーレV4 Sでは怖くてなかなかできないスロットル全開が、容易にできてしまうのだ。

だが、ドゥカティの技術者たちは「従来型と新型で、ラップタイムは同程度」と胸を張っていた。僕も同感だ。それどころか、低中速コーナーが連続するテクニカルコースなどでは、パニガーレV4 Sよりも速く走れそうにさえ感じる。
その要因は、いくつかある。ひとつは、車体が軽量かつエンジンがレス・パワーな分、臆することなくスロットルを開けていけることだ。コーナリング中、かなり早いタイミングでスロットルを開け始められるので、コーナリングスピードがとても高い。この走りを可能にしているのは、低回転域から十分なトルクを発生するエンジン特性の恩恵だ。技術者の説明によると、3000rpmで最大トルクの70%を発生するとのことで、非常に扱いやすい。
もうひとつ挙げたいのは、ハンドリングのニュートラルさだ。ドゥカティと言えば、ブレーキを引きずりながらコーナーに進入すると、車体が起きてきてしまう印象が強かった。このクセをライディングでどうにか押さえ込む必要があり、これがなかなか手強かった。
しかし新しいパニガーレV2 Sからは、そのクセがキレイに消えている。ブレーキをかけながらのコーナー進入でも、自分の思いのままのバンク角が得られる。これはとても爽快で楽しいうえに、速さにもつながっていることがよく分かる。


繰り返しになるが、このパニガーレV2 Sは決してパワフルではない。しかしドゥカティの技術者たちが胸を張るように、結果的にこのバイクの方が速いラップタイムを刻めるシチュエーションも少なくないだろう。
日本国内で言えば、筑波サーキットや袖ケ浦フォレスト・レースウェイなら、パニガーレV4 Sや従来型パニガーレV2 Sよりも、新型パニガーレV2 Sの方が速く走れてしまう気がする。扱いやすく、だから攻めたくなる、という好循環が、このバイクにはある。ただ、僕が強調したいのは、闇雲に速いだけのバイクではない、ということだ。
体に残るのは疲れではなくバイクを操ったという喜び
試乗会には、各国から多数のジャーナリストが参加していた。スキルやレベルはまちまちだが、パニガーレV2Sから降りてヘルメットを脱ぐと、「こんなに楽しいバイクは久しぶりだよ!」と全員が笑顔だった。僕自身もまったく同感だ。
デスモドロミックを廃止し、リアスイングアームは片持ちから両持ちになり、トップエンドモデルの象徴になりつつあるウイングも装着していない。つまり、「ドゥカティらしい」と言われていた技術的要素の多くが、新型には採用されていないのだ。


実際、クセのない素直なハンドリングは、もしかすると一部の熱狂的なドゥカティスタからは「ドゥカティらしくない」などと言われてしまうかもしれない。だが、声を大にして言いたい。「乗りにくいクセをドゥカティらしさと呼ぶなら、それはなくてもいい」と。
クセがないからこそ、新型パニガーレV2Sは誰にでも安心してオススメできるスポーツバイクに仕上がっているのだ。軽く、コントローラブルで、ライダーフレンドリーなキャラクターを、僕は大歓迎する。
ビギナーにとって、このパワフルすぎないエンジンは、「スロットルを全開にする」という喜びを与えてくれるだろう。エキスパートにとっては、電子制御任せではなく、「自分の力量でバイクを操っている」という充実感を授けてくれる。さらに高いレベルの領域について言えば、エンジンにトルクの谷がないから、スライドコントロールも容易だ。
それに加えて、軽さの恩恵でブレーキングもキツくないから、いくら走っても疲れなかった。今回は15分の走行枠を6本とかなり走り込んだが、残ったのは「もっと走りたい」というポジティブな気持ちだけだ。


唯一気になったのは、足着きだけだった。ハンドルはアップライト気味でツーリングにも対応できるが、腰高感はかなりのものだ。サーキットではまったく気にならなかったが、ストップ&ゴーを繰り返す街中では、少し気を遣う場面が出てくるかもしれない。だが、それすら些細だと思えるほど、このバイクは魅力的だ。
帰りの飛行機は、試乗会に参加した海外ジャーナリストと一緒だった。「パニガーレV2S、いいバイクでしたよねえ?」と尋ねてくる。「もちろん」と答えると、「よかった! 世界チャンピオンがそう言うなら、僕たちが楽しかったのも間違いではありませんね」と笑った。
キャリアなんて関係ない。あの日、セビリアサーキットで新型パニガーレV2Sを走らせていた誰もが、同じ喜びを感じていた。
(原田哲也)
オプション装着車も特別にライド
オプション装着車にも試乗する機会を得た。テルミニョーニ製レーシングマフラー、クラッチプロテクター、ビレットアルミ製ポジション可変ステップ、オルタネータープロテクターなどを装備した仕様で、120psから126psにパワーアップ。
ハンドルもトップブリッジ下にローマウントされており、サーキットには明らかにこちらの方が向いていた。それでも十分に「抑え」は効いており、コントローラブル。操る楽しさに磨きがかかっていた。





DUCATI Panigale V2 S SPECFICATIONS
エンジン | 水冷4ストローク90°V 型2気筒DOHC4 バルブ ( 吸気バリアブルバルブタイミングシステム) |
総排気量 | 890cc |
ボア×ストローク | 96×61.5mm |
圧縮比 | 13.1:1 |
最大出力 | 120hp/10750rpm |
最大トルク | 9.5kgf・m/8250rpm |
変速機 | 6速リターン |
クラッチ | 湿式多板スリッパークラッチ (セルフサーボ機能付・油圧制御) |
フレーム | アルミニウムモノコックフレーム |
キャスター/トレール | 23.6°/93mm |
サスペンションF | オーリンズ製φ43mm倒立フォークNIX30 |
R | オーリンズ製モノショック |
ブレーキF | Φ320mmダブルディスク+ブレンボ製M50ラジアルマウントキャリパー |
R | Φ245mmシングルディスク+2ピストンキャリパー |
タイヤサイズF | 120/70ZR17 |
R | 190/55ZR17 |
ホイールベース | 1465mm |
シート高 | 837mm |
車両重量 | 177.6kg |
燃料タンク容量 | 15L |
価格 | 240万8000円 |