青木三兄弟が本格始動!パラモトライダーを応援する『サイドスタンドプロジェクト』
よほど注意深く観察しなければ、サーキットを颯爽と走る男たちが実は下半身不随だとは気付かないだろう。ライディングに何の違和感もない。「バイクに乗りたい」という願いは、意外なほど簡単に叶う ハンドシフターがあるからじゃない。バイクが進化したからでもない。全力でサポートしようとする熱い人々がいるからだ リスクのある乗り物だからこそ醸成される、清らかで美しい仲間意識。
誰もが笑顔になれること―パラモトライダーをサポートする『サイドスタンドプロジェクト』が始動
誰が仕切ったわけでもなかった。袖ケ浦フォレスト・レースウェイのピットに、いつの間にかライダーたちの輪ができていた。 「体が硬くなってて、思うように視線が送れないんですよ」「それ分かる。そうなんだよね!」 そこにいる5人は全員が笑顔で、バイク談義に花を咲かせている。
元世界グランプリライダー、世界GP125㏄チャンピオン、そして脊椎損傷で車椅子生活を余儀なくされている人。小さな輪の中に、さまざまな人生が入り乱れる。 だが彼らは全員「ただのバイク乗り」であり、バイク好きでしかなかった。分け隔ても上下もなく、ピットに寄り集まり、楽しげにサーキットライディングを語り合う。爽やかで明るい風が吹く。
サイドスタンドプロジェクト(SSP)は、車椅子ユーザー、義足、義手ユーザーなど障がいがある人のバイク乗車を支援する一般社団法人だ。19年9月に青木治親が発起人となって活動を開始した。 昨年は、世界GP参戦中の事故で車椅子ユーザーとなった青木拓磨が、鈴鹿8耐と日本GPでデモランを披露した
22年ぶりというブランクも、下半身が動かないことも感じさせない鮮やかな走りは、障がいを持つ多くの人たちに「夢を諦めなくてもいいんだ」と力強くアピールした。 そして今年6月16日、初開催となるパラモトライダーの体験走行会が袖ケ浦フォレスト・レースウェイで行われた。
参加したのは生方潤一さんと野口忠さん。生方さんはかつて国際A級ライダーとして活躍し、野口さんもレース経験者だ。だが、ふたりとも事故により車椅子ユーザーになってから、もう20年以上バイクから離れていた。
まずはアウトリガー(補助輪)付きのバイクで練習する。やや緊張気味だったのは野口さんだ。多くの人のサポートを受けてバイクにまたがると、しかし、すんなりと走り出すことに成功した。一方の生方さんは、サポートスタッフたちが思わず笑い出すほど豪快な加速でスタートする。
「遅い方が不安定になるかなと思って」と頭をかく生方さんだったが、ふたりともライディングの感覚はしっかりと体に刻まれていたようだ。下半身ホールドがいかに大事か、バイク乗りなら誰でも理解できるだろう。だがふたりは下半身に力を入れることができない。それでも危なげなくバイクに乗る姿は……、不思議でも奇異でもなかった。「バイクに乗りたい人が、バイクに乗る」という、ごく当たり前のことが成し遂げられただけのことだった。
ひと通りの練習を終えると、ふたりは本コースを周回した。青木宣篤、そして治親に挟まれての走行は……、これまたあっさりとしたものだった。乗車と降車に人手は必要だし、万一に備えて医療スタッフも待機していた。だが、そんなものだ。バイクに取り付けられていたのが簡単なハンドシフターだったように、大したことではなかった。
ふたりはもともとバイク乗りで、今もバイクに乗りたくて、乗った。ただそれだけのことなのだ。それでも、走行を終えてピットに戻ってきた生方さんと野口さんに、自然と温かい拍手が沸き起こった。誰でもできることではある。でも、バイクに乗るにはやはり勇気が必要なのだ。人々の支えを受け入れる勇気と、二輪しかないこの乗り物に挑もうとする勇気。生方さんと野口さんには、その両方がある。SSPの活動は、バイクの存在意義を私たちに教えてくれる。バイクに乗るって、実は素晴らしい行為なのだ、と。