パドックから見たコンチネンタルサーカス【ジョナサン・レイ】
’81年から国内外の二輪、四輪レースを撮影し続けている折原弘之が、パドックで実際に見て、聞いたインサイドストーリーをご紹介。今回は、鈴鹿8耐で受けた師匠からの叱責の思い出。
【ジョナサン・レイ】’87 年、北アイルランド出身。’08年、ホンダからSBKに参戦。’15 年からカワサキに移籍し、念願の世界王者を獲得。以降’20年まで前人未踏の6連覇を達成した。鈴鹿8耐には7回出場。’12 年にTSRのマシンを駆って、’19 年はカワサキワークスから出場し優勝を果たした。
「師匠」
今までも何度か書いてきた通り、僕には師匠がいる。師匠といっても、手取り足取り写真の撮り方を教えてくれたわけではない。その代わり「レースの撮り方」を教えてくれた。僕は今でもその教えを守って、レースを撮り続けている……つもりだ。
僕が師匠である坪内隆直さんの会社に在籍したのは、’85〜’89年の5年間。その後、僕はフリーになった。’92年以降は、僕がWGPからF1に撮影フィールドを移したため、付き合いは薄くなっていた。それでも師匠と不肖の弟子の関係は、壊れることなく現在まで続いている。そんな中、’18年の鈴鹿8時間耐久で、久しぶりに師匠と夕食を共にする事になった。
この年からHRCが8耐に復帰することとなり、久しぶりにメーカー同士の対決となった鈴鹿。だが僕のターゲットは、カワサキチームグリーンから出走するジョナサン・レイだった。ワールドスーパーバイクチャンピオンのジョナサンの走りは、テレビでしか見ていないが図抜けていた。そしてその走りは鈴鹿サーキットでも、期待を裏切らないものだった。
金曜日のナイトセッションを撮り終えてメディアセンターに戻ると、水谷先生(スポーツ写真の草分けの方で18歳の頃から可愛がっていただいた方)、原先輩(ホンダF1を撮影し続けた巨匠で大先輩)、そして坪内師匠を、夕食にお連れすることになっていた。キヤノンの方の人選なのだが、この3人と関わりの深い僕がホスト役に指名された感じだ。速攻で先生方のホテルに近い焼肉屋を予約し、遅めの会食が始まった。
大先生や巨匠、師匠といっても、30年以上顔を合わせている方々なので堅苦しい感じはなく、和やかに時間は流れていった。そんな中、僕は翌日のスーパーポールの撮影について師匠に聞いてみた。
「師匠は明日のスーパーポール、どうするんですか」
と水を向けた。
「お前はどうすんだ」
と質問を返された。
「あれって、1周しか撮るチャンスないじゃないですか(スーパーポールは予選トップ10のライダーが1周のみアタックするスペシャルステージ)。走りを撮りに行くと効率悪いからピットで緊張感のある顔写真を撮ろうかと思ってます」
と答えた。
「お前はバカだな。そんなの撮ってる場合じゃないだろ。たった1周かもしれないけど、その1周はこのウイークエンドで最高に集中した1周なんだぞ。それ撮らないで何を撮りにきたんだ」
と半ばあきれたようにどやしつけられた。僕はこの時、顔から火が出るほど恥ずかしくなって黙り込んでしまった。
この会話だけでは、イマイチ伝わらないのかもしれない。この師匠の言葉を直訳すると
「雑誌のことばっか考えて写真撮ってるから、大事なものを見落とすんだ。写真は自分と、作品を見る人のために撮るもので、編集者のご機嫌伺いのために撮るんじゃない。パターンの多さじゃなく、質で勝負しなくてどうすんだ」ということになる。
フリーになりたてで、世界GPを撮りに行っていた頃にも「自分のお金と時間を使ってきてるんだから、好きに撮らないでどうするんだ」と言われたことを思い出した。あれから30年近く経っているのに、全く成長していない。なんとも情けない気持ちで、会食を後にした。
その晩はスーパーポールを、どこで何を撮るべきか考え抜いた。どのコーナーで誰が何をしているのかを伝えたいのか。ライダーの選択は容易だった。僕が一番気にしているジョナサン・レイがターゲットだ。あとはシチュエーション。一番深くバンクするのは、S字の2個目だが、ありきたりだ。光が綺麗なだけじゃ物足りない。ライダーのパフォーマンスが最も現れて、形も綺麗な場所。そこで辿り着いたのがデグナー2個目の立ち上がりだ。ここを全開で回ってくれば、バイクはバンクした状態で、縁石に乗りながら少しフロントをリフトしてくるはず。タイヤが上がりすぎた写真は嘘くさいし、上がらなければ全く意味がない。僕は、勝負のポイントをデグナーインサイドに決めた。
現場に行き走行ラインをイメージする。だいたいどの辺で、フロントを上げてくるのか予想して撮影ポジションにつく。あとはいつもと同じ事をするだけだ。チャンスは一度しかないという事で多少の緊張はあったが、撮れなかったらそれまで。そう開き直っている自分もいた。
何番目か忘れたが、ジョナサンが現れた。さすがはワールドチャンピオン、こちらのイメージ以上の走りだ。上半身には一切力が入ってないのに軽くフロントをリフトさせ、全開でコーナーをクリアしていった。カメラのバックモニターでは、望んだ通りの写真が確認できたが、僕は一刻も早くメディアセンターに戻ってPCで確認したかった。
出来上がった写真に不満はなかったのだが、果たして僕の想いが伝わるほどの写真かと言えば心もとない。ただ、現時点での自分の力量を推し量ることができた。
この事を坪内師匠に報告すると「お前も、まだまだだな。思い入れが足らないから伝わらないんだ。まぁ、これからも頑張ってください」と、笑いながらメディアセンターを後にした。またしても師匠に教えられた。少しは成長した姿を見せたかったのに。
もしかしたら、一生かかっても師匠を追い越せないかもしれない。などと妄想しながら、ついついニヤケてしまう自分がいた。