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【元ヤマハエンジニアから学ぶ】二輪運動力学からライディングを考察!|7限目:Uターン時のメカニズム

二輪工学の専門家、プロフェッサー辻井によるライディング考察 バイクのメカニズムや運動力学についてアカデミックに解説し、科学的検証に基づいた、ライテクに役立つ「真実」をお届けします!

【Prof. Isaac辻井】
元ヤマハのエンジニアでLMWやオフセットシリンダー等さまざまなバイク技術の研究開発を担当。大学客員准教授でもありニックネームは「プロフェッサー」

傾けた方が小回りは効く?

特に道路幅が狭いところでのUターンって緊張しますよね。そんな時は恥ずかしがらずに両足を着いてゆっくりとUターンするに限ります。一方で、バイクを傾けた方が小回りができると言いますよね。それって本当? 本当だとしてそれが実際にどれぐらい小回りできるのか? 実車で確認すると、車両や舵角、傾きの角度によりますが、なんと500㎜以上も旋回半径が小さくなるではないですか。今回はそのメカニズムを解説しましょう。

【tips_1】旋回半径とは

Uターンする時は基本的に低速で、ベテランでも約20㎞/ h以上は、なかなか出ないと思います。したがって、タイヤのスリップアングル(タイヤの向きと実際に進行している方向のズレ角)は無視して、幾何学的に考えてみたいと思います。

まずバイクが傾いていない直立した状態でハンドルをいっぱいに切りましょう。その時、前後タイヤのアクスルシャフトの延長線上の交点が旋回中心となり、タイヤの接地点までが前後輪の旋回半径となります(図1)。実はこの時、前輪にはトレールがあるので接地点は操舵の方向とは逆側に移動します。直立していれば前輪の旋回半径には変化はなく、前輪と後輪のアクスルシャフトの延長線上の交点つまり旋回中心は後輪に少しだけ近づきますが、それは約50㎜程度です。

【tips_2】接地点は移動する

皆さんもご存じのように、バイクのタイヤは四輪と異なり、トレッド(地面と接する部分)はバイクを傾きやすくするためにラウンドしています。近年のプロファイル(トレッドの断面形状)は円弧が一般的です。

余談ですが、昭和の時代には楕円に近いものもあり、よく三角断面という風に表現されたりしましたが、近年はそんなプロファイルのタイヤは無くなったようです。 したがって、バイクを傾けると接地点はイン側へとスムーズに移動します。しかし、幅の広い後輪でフルバンクしたとしても、最大で100㎜ほどしか接地点はイン側へ移動しません(図2)。

【tips_3】ジオメトリーと旋回半径の関係

ホイールベースは短い方が旋回半径が小さくなるのは、言うまでもなく皆さんもご存じかと思います。そしてキャスター角とトレールも、微少ですが旋回半径に影響を与えます。 キャスター角が大きく(フロントフォークが寝る方向)なるジオメトリーでは実舵角が減る傾向にあり、結果旋回半径は大きくなる傾向になります。

そしてトレールが長くなると、大きく操舵した時に前輪の接地点は、前述したように車体センターに対して転舵した反対側、つまり旋回しようとする方向のアウト側へ移動していきます。

このように、ハンドルを切ると旋回半径は大きくなり、普通に傾けてもタイヤの接地点では100㎜程度しか旋回半径は短くなりません。にも関わらず、旋回半径が500㎜以上も短くなるのは何故でしょう? ここが四輪と異なり二輪の不思議なところなのです。

【tips_4】見かけの舵角と実舵角

前輪も後輪と同じく、プロファイルは円弧です。従って、バンクすれば同じように接地点はイン側へ移動します。しかし、この時30度以上の大きな舵角を与え、かつ30度以上車体を傾けた場合どうなるのでしょうか?

皆さんは考えられたことありますでしょうか。 例えば17インチの前輪の直径は600㎜以上の円形です。その結果前輪の接地点はイン側に移動するだけでなく、なんと前方へと移動するのです。これは、仮にバイクが90度真横に倒れたような状態をイメージしてください。この時、舵を切ると前輪の前方が地面とコンタクトしますよね。ということは、接地点はバンク角に応じてドンドン前方へ移動していく事をご理解いただけるかと思います。

そして、前述のようにタイヤは約600㎜の円形であることから、接地点のタイヤが転がる方向もイン側を向き、実舵角は(つまり例えば35度でハンドルストッパーに当たっているのに、前輪の進行方向は約40度転舵したのと同じ程度に)増加することになります。

図3にそのイメージを表現してみました。前輪の接地点が前方へ移動すると、なんと前輪の旋回中心が車体に近づきます。そして前輪の旋回半径だけでなく、後輪の旋回半径も短くなるのです。

その結果、例えばUターンし終わって180度向きが変わった時のバイクの位置が大きく異なります。そのイメージを図4に表現してみました。同じ舵角でも、傾けただけで本当にこれぐらいバイクの位置は異なります。これはバイクを押して動かすことで、誰でも確認できます。

ということで、ベテランになればある程度の速度(10㎞ /h前後)をキープしてハンドルをいっぱいに切って、大きく車体を傾ける事でクルっと小回りを効かせてUターンすることができるのです。

バイクが曲がる基本原理を理解し、その上で操縦することで、読者の皆さんにも安全で快適なバイクライフをエンジョイしていただきたいと願っておりますが、くれぐれもUターンはお気をつけて。

【tips_5】前輪の臨界点を危惧

余談ですが、年々モトGPの転倒回数が多くなっているように感じます。特に最大バンク角時に前輪からのスリップダウンが顕著ではないでしょうか。さまざまな要因が考えられますが、その中のひとつにこの接地点の移動があり、私はそこにも着目しています。

じつは60度にも達するバンク時でも、前輪には2度前後の舵角が付いています。ここで接地点について考察してみましょう。

60度ものバンク角ではたった約2度の舵角でも前輪の接地点は40〜50㎜近くも前方へ移動します。そして例えば、路面の微小なアンジュレーション(うねり)などが前輪に入力されると、舵角が3度やそれ以上になることがあり、接地点は更に前方へ移動してしまいます。直径約600㎜もあるタイヤのため、実舵角は10度とかそれ以上に瞬間的に変化する可能性があります。

その結果、スリップアングルが急激に増加することで、前輪の横力が大きくなるだけでなく、その向きも急激に変化する=旋回半径が小さくなろうとすることで、前輪のグリップが簡単に限界を超える域に到達しているように伺えます。つまりこれは二輪の臨界(物理や化学的な限界)バンク角度に近づいているのではないかと私は危惧しております。

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