#93 マルク・マルケスの極限の走りとテクニックに迫った『ヒジ擦り』そのストーリー
フォトグラファー折原弘之が振り返る パドックから見たコンチネンタルサーカス “ヒジ擦り”というライディングスタイルを定着させたマルク・マルケス その極限の走りを支える、GPライダーのテクニックとは?
2年越しのエルボースライド
13年シーズンだったと思うが、マルク・マルケス選手が「ヒジを擦ってコーナリングしている」ことが話題となっていた。自分自身はF1の取材を辞め、国内の四輪レースの取材にシフトしていた。そのためモトGPに行くこともできず、テレビで観戦するしかなかった。ただし、日本ラウンドを除けばの話だ。
ヒジを擦りながらコーナリングする。テレビで見ていても実感がわかない。どうしても生で見てみたいという気持ちが、ふつふつと湧いてきた。こうなると、自分の気持ちを抑えることができない性分。知っている編集部に片っ端から連絡を入れ、なんとか撮影する機会を模索した。
そしてラッキーなことに、撮影のチャンスを得ることができた。撮影できるとなれば、どのコーナーが一番バンクするのか、元ワールドチャンプの原田哲也さんに聞いてみた。
「そりゃ1〜2コーナーの間でしょ。あそこがもてぎで一番バンクするし、バンクしてる時間が長いよ」と、原田さんは教えてくれた。
本来なら走り始める金曜日からもてぎに入るところだが、どうしても都合がつかず、土日の2日間の撮影となった。ところが、前日の好天とはうって変わって土曜日は雨。それでも1〜2コーナーに足を運び、ヒジを擦るタイミングを待った。
噂のマルケスは、ウエット路面を物ともせずヒジを擦りながら走行していた。「これが噂のヒジ擦りか」と思いながらシャッターを切っていたのだが、どうにも違和感が拭えない。当然なのだろうが、ドライでのライディングに比べると迫力がない。
日曜日のレースも同じ場所で撮りたかったのだが、仕事で来ているのでわがままも言っていられない。泣く泣くヘアピンで撮影をしていた。が当然マルケスは、ヘアピンでも盛大にヒジを擦りながらコーナリングしている。
お目当のヒジすりコーナリングを撮影することはできた。しかもバックストレート後の90度の入り口だ、リアリフトのおまけ付き。僕は大満足してもてぎを後にしたのだが、後日とてつもない違和感が襲ってきた。
マルク・マルケス
08年125ccクラスから世界GPに参戦開始。10年に王座を獲得。12年にMoto2クラスを制し、13年からはMotoGPに昇格。初年度からチャンピオンとなる。20年はケガの影響で2戦のみの参戦だったが、21年の第3戦ポルトガルGPで復帰
それはヘアピンンコーナーでのリーンアングルがおかしいという事実だ。写真を見ていると、あのリーンアングルはすでに転んでいる角度だ。フロントタイヤはまだしも、リヤタイヤがグリップする訳が無い。
あのアングルでバイクを倒したら、タイヤはサイドウォールとの境目のエッジ部分しか接地していない事になる。ただでさえ2㎝くらいしか接地していないのに、エッジしか使っていないとすればミリ単位ということになる。
そんなわずかな接地面積で、あの強大なパワーを受け止められるはずはないのだ。一体どんなカラクリが隠されているのか、どうしても知りたくなった。
14年シーズンの中盤くらいか、7月に原田さんと話す機会があったので、マルケスのライディングについて聞いてみた。
「マルクのあのリーンアングルって、もう転んでるよね」とりあえず、そう切り出す。
「普通に走ってたら転んでるよね」と原田さんは返してきた。
「普通に走ってたら?」と水を向けると、こういう答えが返ってきた。
「あのね、問題はタイヤの使い方なんだよ。今のGPライダーは、タイヤを潰して走るんだよ。ブリヂストンもそういう使い方ができるタイヤを作ってるしね」タイヤを潰して走ると言っても限界がありそうだが。
「彼らのタイヤの潰し方は凄いんだよ。接地面積だけでも倍以上稼げてるんじゃないかな。わりとオーバースピード気味に入ってきて、スパッと寝かすんだよ。そうするとサイドウォールがたわんで接地面が増えるんだ」と説明してくれた。
なるほど物理的には理解したが、どんなことが起こっているのか確認しなければ。
原田さんの話をどうしても確認したくて、14年の日本GPも撮影することにした。今年こそドライの1〜2コーナーに行ける。金曜日の午後のセッションに狙いを定め、コーナーのインサイドに陣取った。
「今年はヒジを擦っているだけじゃなく、タイヤがたわんでいる所も撮るんだ」そう心に誓い、斜め後ろのアングルが撮りやすいポジションを作った。ワクワクしながら1セッションの全ての時間を、そのアングルに費やした。
とは言え、マルケスが本気で走ってきたのは、10周といったところか。シャッターを切っている間は、タイヤのたわみのような細かいところは見ることができない。メディアセンターに戻って、PCの大きな画面で早速確認した。
そこにはとんでもないものが写っていた。写真をアップにしていくと、リアタイヤのサイドウォールが見事にひしゃげている。その写真を見た時に思わず「ウワッ」と声が出てしまった。
写真でわかるほどヒシャゲているという事は、とんでもないことが起こっているに違いない。我ながらよく撮れたなと思いながら画面見ていると後ろから原田さんが覗き込んできた。
「オリちゃん撮れた?」と原田さん。僕は画面を見せながらリアタイヤを拡大して見せた。
「うわっ。凄いね。こんなにたわんでるんだ。実際に見てみると恐ろしいね。すごいの撮ったね」と言い残して仕事に戻っていった。
今までにも驚く写真はいくつか撮ってきたが、このマルケスの写真は新鮮だった。とは言え、原田さんとの雑談がなければ撮れない写真でもある。やはり、世界一を争ってきた人達の目はすごい。もちろんそれを体現するアスリートあっての話だが。今後も新たな驚きを求めて、世界一を追っていきたいと思わされた。
折原弘之
1963年生まれ。1983年に渡米して海外での撮影を開始。以来国内外のレースを撮影。MotoGPやF1、SuperGTなど幅広い現場で活躍する