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熱狂バイククロニクル【ツナギの下にチェックのシャツ!? アントン・マンクの栄光の奇跡】

TEXT&ILLUSTRATION/M.MATSUYA

【松屋正蔵】
1961年 神奈川生まれ。1980年に『釣りキチ三平』の作者・矢口高雄先生の矢口プロに入社。1989年にチーフアシスタントを務めた後退社、独立。バイク雑誌、ロードレース専門誌、F1 専門誌を中心に活動。現在、Twitterの@MATSUYA58102306 にてオリジナルイラストなどを受注する

今回の考察の対象はアントン・マンクさんなのですが、その戦歴を調べれば調べるほど、その凄さに改めて気付くのでした!

僕が初めてアントン・マンクさんを知った時点で、すでに大ベテランで、何回もチャンピオンになっている凄いライダーという印象。そんな漠然としたものでした……。

マンクさんが世界GPに参戦を始めたのは’75年シーズンからで、まさに世界GPがコンチネンタルサーカスと呼ばれていた時期からですから、かなり古いですね。僕は’61年生まれで、14歳の時ですから、中学生ですね。柔道部にいましたが、世間はプロ野球人気が全盛期の頃で、まだまだレース文化が世の中に定着はしていませんでした。

マンクさんの引退は’88年シーズンですから、14年間も上位選手としてGPを闘ったわけですね!

その長いレースキャリアの中で5回も世界チャンピオンに輝いているのです。GP250㏄クラスで3回、GP350㏄クラスで2回です。キング・ケニーと呼ばれたケニーさんが3回。ファースト・フレディと呼ばれたスペンサーさんでさえ3回ですから、当時5回のチャンピオンというのは物凄い戦績なのです。

まあ、それ以後にはエディ・ローソンさん、ミック・ドゥーハンさん、バレンティーノ・ロッシさん、マルク・マルケス選手らが同等、あるいはその記録を上回りますが、当時としては抜群な戦績であったわけです。ヨーロッパ出身のライダーによく見られるのですが、そのシーズン、有力なマシンを選んで乗り換えるという、勝つためにはいたってハッキリとした動きをするので、色々なメーカーのマシンやさまざまなスポンサーカラーで走っていました。世界GPの中では、日本人ライダーにはなかなかできない体制で、羨ましくもありました。

マンクさんにとって、’75年シーズンから始まった世界GPフル参戦ですが、’81年シーズンにGP250㏄とGP350㏄クラスのWチャンピオンに輝いています。伝説となった’85年シーズンのスペンサーさんの、GP250㏄とGP500㏄クラスのWチャンピオンより前の事ですね。「最高峰クラスのGP500㏄クラスではないじゃないか」とも考えられます。しかし、非常に評価の高いスペンサーさんの3タイムスチャンピオンですが、そのうち1回はGP250㏄クラスでの事ですから、それと同等と考えていいと思います。ロッシさんやマルケス選手も同様です。

1983年 スズキ・RGΓ500
1985年 ホンダ・RS250RW
1982年 カワサキ・KR250

レースシーズンに点々とヨーロッパ各地のサーキットを巡り、1シーズンを通しての総合的なチャンピオンですから、物凄い記録となりますね。今回、調べてみてこの事実に行き着いて、驚きましたし、マンクさんに対して尊敬の念もさらに強くなりました。

そんなマンクさんですが、面白い特徴がありました。それは走る時に革ツナギの下にタータンチェックのシャツを着ていたのです。ツナギの首のフックをしていれば見えないのですが、レースが終わると首のフックを外していましたから、胸部がはだけてタータンチェックのシャツがお目見えするのです。どうしてタータンチェックのシャツなのかは分かりません。何かジンクスでもあったのか? 現在のメッシュのインナースーツの代わりの役割を持っていたのか? とにかく当時はレース後のインタビュー時に気になって仕方なかった事が、今でも強く印象に残っているのでした。タータンチェックの柄や色もちょっと地味目で、おじさんのイメージもあって面白かったのです。

なぜだか? 革ツナギの下にタータンチェックのシャツを着ていた!

マンクさんのライディングの考察をしてみますが、マンクさんは小中排気量乗りの特徴ともいえる、身体を小さく伏せる乗り方でした。そして前乗りでした。しかし、他の小中排気量乗りのライダー達とは大きく違う要素を持っていました。マンクさんの場合は、大きく腰(お尻)をイン側にオフセットするのですが、そのオフセットする量が派手(大きい)なのです。

アントン・マンクのライディングフォーム

オフセット量が大きいですから半尻が下側に落ち気味となっていました。アウト側の足は前乗りなので、ヒザが開き気味になるはずなのですが、先にお話ししたように腰のオフセット量が大きいので、ヒザがタンクに当たるようになっていて、外足はタンクにピタリと沿っていました。これはまるでリア乗りのライダーのようにも見えます。ですが、前乗りのために両肘には余裕があるので、肘の曲がり方が大きいのです。腰が大きくインに入って、強く伏せているため小中排気量車乗りのライダーと同様に見えていました。

これはマンクさん特有のライディングフォームで、非常に面白いと思います。GP500㏄マシンにも乗ったマンクさんでしたが、この乗り方だと500㏄マシンのパワーをライダーが抑え込むのが難しかったのかも知れませんね。このあたりに当時のヨーロピアンライダー達の特徴を感じます。ロードレースの面白いトコロですね。「これが正解!」が無い世界なんですね!

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