【加藤大治郎】レース撮影歴約40年の折原弘之が、パドックで実際に見聞きした裏話をご紹介【パドックから見たコンチネンタルサーカス】
レース撮影歴約40年の折原弘之が、パドックで実際に見聞きした四方山話や、取材現場でしか知ることのできない裏話をご紹介。
PHOTO & TEXT/H.ORIHARA
勝ちぐせ
「1番勝たせたくない奴を勝たせちゃったな」
’97年の日本GPで、加藤大治郎さんに優勝をさらわれた時の原田哲也さんの言葉だ。これを聞いたときに、僕は違和感を覚えた。確かにあのレースで勝ったのは加藤さんだが、原田さんはマシントラブルで順位を落としただけ。レース展開を考えれば、原田さんの圧勝だった。実力で勝たれたわけでもないのに、勝たせたくなかったとはどういうことなのか、聞かずにはいられなかった。
「勝たれたくない奴に勝たれたのは分かるけど、トラブルで順位を落としただけじゃないか」
という僕の問いに原田さんは、
「そういうことじゃないんだよ。大事なのは勝たれたという事実なんだ。それと、何かあった時に勝てる位置にいた、という事実の両方かな」
と答えが返ってきた。何かあった時にトップを狙える位置にいることの重要性は理解できる。ただ、「勝たれたという事実」という言葉には、納得がいかない部分がある。
「どういうことか詳しく教えて」
と食い下がる僕に、原田さんは渋々という感じで話し始めてくれた。
「勝ちぐせって言葉があるよね。あれって、オリちゃんが考えているのとちょっと違うと思うよ。1回勝ったら勝ち方を覚えて次に勝ちやすくなる、というザックリした感覚は正しいんだけど。そこには意味がある」
なるほど確かに、1度勝ったからといって次も勝てる保証など、どこにもない。じゃあ当たり前のように口にする「勝ちぐせ」って一体何なのだろう。黙り込んだ僕に、原田さんはこう続けた。
「勝ったことがなければ優勝は未体験ゾーンだから、常に恐怖が付いてまわるんだ。はたしてこのペースで勝てるのか。実はライバルは力を溜めていて、いつか抜かれるんじゃないか。そんなことが頭をよぎるから、無駄にペースアップして転倒したり、タイヤを使いすぎて、最後にペースが落ちたり。自滅する要素がたくさんある。ところが1回勝つと、自分のペースで走っていれば、グランプリで勝てるんだ、ということを証明したことになるわけ。
気付いちゃうんだよ。自分のスピードで勝てるということに。そうなると、生半可なプレッシャーじゃ動じなくなっちゃう。後ろからプレッシャーをかけられても、自分のペースを守れば勝てる。このペースで走っていれば、そうそう抜かれることはないっていう思考になるんだよね。そうなると特にスピードのある大治郎みたいなライダーは厄介なんだ」
言われてみれば当然というか、理にかなっている。小学生の頃の逆上がりも、1度できると不思議なくらい簡単になる。レベルこそ違えど、メカニズム的にはそういう事だろう。勝ちぐせの正体って意外と理詰めで説明のつくものなのだ。それを世界レベルで実現するには、並みの努力では届かないものなのだが。
腑に落ちたような顔をしている僕に、原田さんは言った。
「グランプリライダーのレベルだと、サーキットなんてどこでも一緒なんだ。走り慣れた鈴鹿でも、ヨーロッパのサーキットでも、勝つ奴は勝つんだよ。でももっと大切なのは、最後まで権利のある場所にいること。大治郎がすでに、その準備をできていた事の方が嫌だったかな」
そう言い残して、パドックに消えていった。
さすがに百戦錬磨の原田さんの言葉には重みがある。この先どこかで、加藤大治郎さんが強力なライバルになると感じていたのだろう。僕は無責任に日本人ライダー2人が、チャンピオン争いをするシーンを思い浮かべてニヤけていた。