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【ミックス・ドゥーハン】パドックからコンチネンタルサーカス

PHOTO & TEXT/H.ORIHARA

98年のイモラでのことだ。いつものように撮影を終え、帰る身支度をしてレンタカーに向かっていると、駐車場でミックに会った。ミックの車を見た僕は「E500か、早そうな車だね」と話しかけた。するとミックは「もう歳だからね、安定して速い車が楽になってきたね」と話に乗ってきた。

そこで僕は、「安定して速いなんて、まるでミック自身みたいだね」と水を向けると、「ああ、ジェリーが良い仕事をしてくれてるからね、僕はただ走らせていれば良いポジションをキープできるんだ」と、やはり軽くかわされてしまう。

「明日ポールとったら、その話詳しく聞かせてくれないかな」と食い下がると、機嫌が良かったのか「じゃあ4時にホスピタリティに来なよ」と言って帰路に着いた。

翌日、予選が終わりホスピタリティでミックが来るのを待った。昨日立ち話をしただけの口約束だし、現れないのもアリだなと期待半分で待っていると、ミックが姿を現した。僕は少し戸惑いながら「本当に来てくれたんだね」と言うと、ミックはニヤッと笑って「約束したろ。ポールも取ったしね。で、何の話だっけ?」と切り出した。

【ミック・ドゥーハン】
1965年6月4日、オーストラリア生まれ。1990年代にGP500で圧倒的な成功を収め、1994 ~ 1998年まで5年連続で世界チャンピオンを獲得。通算で54回の勝利を挙げ、独特なライディングフォームも相まって人気を博した。引退後はモータースポーツの発展や若手育成に関わり、レース界に多大な影響を与えている

僕はライターでもないし、うまく話せる自信もなかったが、こう切り出した。「絶対王者と呼ばれ、ここ数年負け知らずだけど、1番の要因は何かな」と。

ミックは「細かいことはわからないし、言えない部分もあることは理解してほしい。すべてを話してしまうと、僕のランキングが下がる可能性もあるからね」と笑いながら切り出した。

「サーキットのキャラクターに合わせて、マシンをセットアップすると考えるのが普通だよね。でもマシンのセットアップが、ある一定のレベルを超えるとサーキットに関係なく常に良い状態にいられるんだ。それがテクニカルコースでもハイスピードコースでも、あまり不満な部分がなくなるんだ。

もちろんセットアップの微調整はするし、路面に合わせたタイヤとのマッチングは大事なパートだけどね。でもそこに神経を使う時間がとても短くて、ライディングに余裕が持てるんだ」と続けた。

僕は「それは、セッティングに時間を取られないからライディングに集中できる、という意味なのかな。でも、それだけで他のグランプリライダーを寄せ付けない走りにつながるとは思えないんだけど」と言うと、

「そういう部分も確かにあるけど、大切なのは時間的な余裕ではないんだ。どう言えば適切なのか難しいんだけど、今僕のチームはスイートスポットの中にいるんだよ。だから、大きく間違わない限り範囲の中にいられるんだ。もちろんより良い結果を求めて失敗もするけど、間違えたら戻る場所があるから攻められるし戻れるんだ」

――余裕というのは、そういう意味なのか。これは一種のゾーン状態なのだと感じられた。

「そんな状態を長年キープするなんて、聞いたことがないのだけど」と驚きを隠さずに聞いてみると、

「そうだね。毎年マシンもレギュレーションも変わるから、キープするのは簡単ではないと思う。ただ、マシンの変化といっても大きく何かが変わるわけじゃないからね」

――大きく変わるわけじゃない。この言葉の意味するところは、パワーが上がったりタイヤが変わったりするのは大した変化じゃないと言っているのだろうか。変わらなくていい部分なんてないとは思うが、大きく変わらないのはジオメトリくらいか。ジオメトリが大きく変わらなければ、一度見つけた良い範囲から逸脱しないということなのだろうか。

僕の思ったことをぶつけてみると、

「間違ってはいないけど30点かな。詳しくは話せないけど、例えばポールタイムに到達した時にどのくらいの力を使ったか、というのが大事なんだ。80%の力で到達したのか、100%出さないと到達できなかったのか。もし80%で到達できたなら、ライバルたちに対して圧倒的なアドバンテージになるだろ? 今のところ僕たちは、その場所にいられているということなんだ」と話してくれた。

説明されれば納得もいくし、なんとなく理解もできる。しかし、そんなことが可能なのだろうか。だが事実、メーカーが意地と誇りをかけて作り上げたファクトリーマシンに、ナショナルチャンピオンたちが乗り込み、世界一を争うレースで勝ち続けているのだ。何かしらのアドバンテージは、あって然るべきなのかもしれない。

そう考えればミックの言うことに嘘はないのだろう。何かすごいことが起きていることは想像していたが、「スイートスポットの中にいる」という言葉には、不思議と合点がいった気がした。

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