青木宣篤流 アドバンスドライテク【MotoGPライダーになってみた!PART 5|低いマシンを乗りこなす】
MotoGP2022シーズン。マレーシア公式テストでは1秒以内に18人が名を連ねた。彼らはいったい、どんな世界にいるのか。そしてどのようにマシンを操っているのか──。究極のサーキット走行を青木宣篤が詳報する。本稿ではライドハイトアジャスターの仕組みを解説。
青木宣篤
「なってみた」どころか、言わずと知れたリアル元MotoGPライダー。現在も折に触れてスズキのMotoGPマシン、GSX-RRをテストで走らせている
やってみたから分かったすごい効果と煩雑さ
ちまたで話題のライドハイトアジャスター(以下RHA)。昨シーズン中には各メーカーとも走行中にリアサスペンションを縮め車高を下げるRHAを採用していたが、今年のマレーシア公式テストではドゥカティがフロントサスペンションも縮めていることが確認された。
MotoGPでは電子制御サスペンションが禁止されているので、機械的な仕組みだ。ライダーが何らかの操作をしてサスペンションを縮め、何らかの条件で機械的に解除される。
実は私はスズキ・MotoGPマシンGSX‐RRでリアのRHAは体験している。ウイリー抑止効果は想像以上。ウイリーコントロールやウイングレットがあっても急加速時には浮いてしまう前輪が、確実に浮きにくくなる。ウイリーコントロールは作動するとパワーを間引いてしまうのでどうしても加速は鈍るが、RHAにそういう「副作用」はない。そしてRHAなしの時より確実に早くスロットルを全開状態に持ち込める。
ただ、レース中にRHAを操作するのはかなり大変そう。リアだけならまだしも、フロントも、ということになると、相当に煩雑だろう。さすがに禁止論も浮上しつつある。
プロフェッサー 辻井さんによる解説
Professor
辻井栄一郎
元ヤマハのエンジニア。大学客員教授経験もあり、ニックネームは「プロフェッサー」
ウイリーを抑える狙いに対し、加速時に車高を下げるライドハイトアジャスターは、もっとも効果的な仕組みです。ウイリーコントロールさえ過去のものとしてしまうぐらい絶大でしょう。
通常の重心の高さでは、1G以上の加速をするとウイリーしてしまいます。しかし重心が下がれば、1.3〜1.5G近くの加速が可能となります。 あまりに劇的な効果なので、そのうち禁止になるかも……。
車高ローダウンは絶大なウイリー抑止効果を発揮
重心位置はバイクの基本特性を司る非常に重要な要素。下の図は、通常の重心位置のバイクで加速をしている状態を示している。加速度(後ろ向きの矢印)と、重心(引力・下向きの矢印)の合力(斜めの矢印)に注目。合力の延長線上に後輪の接地点があるため、ぎりぎりウイリーしていない。
加速が弱いほど合力の延長線は前方寄りになり、強いほど後方寄りになる。後輪の接地点よりも後方寄りになった時、後輪がグリップしているとウイリーする。もし後輪がスピンすると加速度が低下するので、ウイリーはしない。ミシュランは特に後輪グリップが強いとされるので、よりウイリーしやすい特性と言える。
車高が下がり重心が下がると、同じ加速度でも合力の延長戦が後輪の接地点よりも前方寄りになる。つまり加速力はキープしたままでもウイリーはしない。それどころか、ウイリーしづらくなっている状態なので、さらに加速力を高めることが可能となる。車高を下げることは、非常に高い効果を発揮する「劇薬」だ。