世界の頂点に立った、原田哲也のタイヤ論「考えていたのは安全に走ることだけ」
「より安全に、よりよい結果を得る。それが僕の仕事だ」世界グランプリを戦っていた時、原田哲也さんは常にそう考えていた。目的を達成するためには、どのように走ればいいか。レース全体の組み立て、そしてコーナーひとつひとつの組み立ては、すべて目的から逆算して決められていたのだ。
登場車両:KAWASAKI Z900 50th Anniversary
’81 年のZ1100GPなどに用いられた「ファイアクラッカーレッド」を採用。フェンダーにZ50周年ロゴ、シュラウドにレタリングをあしらい、フレームやフロントフォークも専用カラーだ
ブレーキング【早く、強く】
「チェッカーを受けることと無事帰宅することは同じ」
サーキット走行会の先導をさせてもらうことが多いのですが、後ろについている方から「あんなに早くブレーキングを始めるんですね」と、よく驚かれます。
確かに僕は皆さんより早いタイミングでブレーキをかけ始め、皆さんより強く制動しています。
皆さんには「僕はスローイン・ファストアウトです。教習所の教えと同じなんですよ」と説明しますが、だいたいの人が「本当ですか?」と意外そう。でも、本当です。
レースは、人より速く走る仕事です。でも、いくら速く走ることができても、転んでしまっては意味がありません。これは僕個人の考え方ですが、レーシングライダーの仕事はまず完走すること。結果はその次だ、と思っていました。だから意外かもしれませんが、安全第一がモットーだったんです。
そのために、ブレーキングはできるだけストレートのうちに終わらせたい。バイクが傾いている状態より、直立に近い状態の方が、安全に、強く減速できますからね。
だからブレーキングは徐々に強めるのではなく、最初期にもっとも強い効力を発揮させています。「タイヤが滑りにくい直線のうちに減速を済ませる」。これも教習所の教えと同じ。「安全に、最後まで走り切る」のは、サーキットも公道も同じなんです。
倒しこみ【いち早くフルバンクに】
「逆ステアの操作で早くバイクを寝かせる」
よく「タイヤをつぶす」という言葉を聞きますが、僕自身は、タイヤをつぶそうと意識することはありません。イメージしているのは、タイヤをつぶすというより、「タイヤのグリップを縦方向、横方向にどう振り分けるか」ということです。
タイヤグリップが100あるとします。直線では縦に100使えたグリップが、バイクの傾きが増すにつれて縦90、横10、さらに縦60、横40と変化していきます。
安全重視の僕は、できるだけ縦方向にグリップを使いたい。横方向にグリップを使っている状態は、滑りやすいからです。だから倒し込みもブレーキングと同じように、できるだけ早いうちに済ませたい。
僕が行っているのは、逆ステアの操作です。右コーナーへの進入なら右ハンドルを押し、左コーナーへの進入なら左ハンドルを押し、一気に倒し込みます。高速になればなるほど、ハンドルへの入力は強まります。現役時代はよくグローブに穴を開けたものでした。
バイクが傾いた後は、ハンドルから力を抜き、セルフステアの作用を利用してバイクを起こし始めます。「傾け始める、起こし始める」という操作を、皆さんよりずっと早い段階で、できるだけ直線のうちに済ませて、横方向にタイヤのグリップを使わないこと。タイヤに負担がかからない走りです。
旋回【ひたすら忍耐】
「安全に速く走りたいからスロットルは開けない」
バイクが深くバンクしているコーナリングシーンは、ダイナミックで写真映えしますよね。でもこの時、僕はじっとガマンしています。
なるべく縦方向でタイヤのグリップを使いたいのですが、旋回中は遠心力が働いており、どうしても横方向にグリップを使います。だから旋回中の操作は滑りやすいんです。
ここはガマンの時。正確に言えば、コースレイアウトなどによって何らかの操作していることもありますが、基本的には何もせず、しっかりとバイクの向きが変わるのを待っているだけです。
これもよく驚かれますが、コーナリング中のボトムスピード(もっとも落ちた車速)は、皆さんより僕の方が低い。
つまり遅いんです。
なぜ車速を落とすかと言えば、その方が向きが変わるから。そして車速を落とすためにはどうすればいいかと言えば、しっかりと減速する。しっかりと減速するためには、できるだけ直線でバイクが起きている状態で、強くブレーキをかける……。逆算して操作を決めています。
「早くスロットルを開けないと」と気が急く場面です。でも、ここであわててスロットルを開けると当然車速は上がり、向き変えが遅くなり、元も子もなくなります。もっともダイナミックに見えるシーンでも、やっていることは、ただ耐え忍び、向きが変わるのを待つだけ……。
立ち上がり【加速がすべて】
「トップでチェッカーを受けるそのためにリスクは減らす」
レーシングライダーの仕事は、まずチェッカーフラッグを受けること。結果はその次、と言いました。でも僕はプロでしたから、「結果」とは少しでも上位であることだったのも確か。究極には勝つことでした。
勝つためにどうすればいいか。僕は、できるだけ加速時間を長く取ることを意識しました。コーナリングを頑張ることはリスクを高めます。それより、加速時間を長くした方が効率がいいと考えたんです。
じつはここまでの話。ブレーキング、倒し込み、そしてコーナリングは、すべて加速時間を長くするための準備でした。加速時間をより長くするということは、より安全な状態でスロットルを開けるということ。つまり、縦方向にタイヤのグリップを使えるよう、いち早くバイクの車体が起きた状態にすることです。
逆に言えば、バイクが寝ている時間をできるだけ短くしたい。これが僕のライディングの考え方です。バイクが起きていれば、安全にパワーがかけられる。そしてタイヤの消耗も抑えられます。
逆算の考え方は、コーナーひとつひとつだけではなく、レース全体にも当てはまります。できるだけ上位でチェッカーを受けるところから逆算して考えれば、最後までタイヤのライフを残しておきたい。そのために、バイクが寝ている時間をできるだけ短くしていたんです。
「痛い思いはしたくない。その一心だった」 原田哲也
今回、僕が提唱しているのは、いわゆる「V字コーナリング」。ギュッと減速し、グリッと向きを変え、ズバッと立ち上がる走りです。全体的に直線的で旋回時間が極端に短いから、「V字」を描くわけです。
この走り方は、誰かに教わったものではありません。ミニバイク時代に自然と身に付いたものでした。当時中学生だった僕は、スクータークラスやS50など複数エントリーしていましたが、今になって思い返せばライディングスタイルに影響したのはもっとも手強いS80でした。
スズキのRM80をベースに前後輪をオンロードタイヤに換装したマシンで、これが難しかった! 2ストローク80ccモトクロッサーのエンジンは超ピーキー。下手にスロットルを開ければ前輪は浮くわ後輪は滑るわで、どうにも走りづらい代物です。何度も転んで痛い思いをしました。「どうやったらうまく走らせられるんだろう……」と、自分なりに考えて辿り着いたのが、V字コーナリングだったんです。
なるべく車体が起きている状態でブレーキングと加速をする。つまり縦方向にグリップを使うことを意識し、旋回時間はどんどん短くなっていきました。結果、V字コーナリングになったんです。そして僕のライディングスタイルとして定着しました。
125cc、250ccと本格的なロードレースになると、まわりとはまったく違うラインを通ることになりました。「小排気量はコーナリング重視」が常識だった中、ひとり直線的なV字コーナリングでしたからね。
でも、気にしませんでした。V字コーナリングで速く走れたし、転倒のリスクが少なくて痛い思いをすることも減ったから、変える気はまったくなかったんです。
そして今、ビッグバイクを走らせるにつけて、V字コーナリングのメリットを感じています。パワフルなバイクを走らせる基本だったのかもしれません。超ピーキーで難しかったS80のおかげですね(笑)。
KAWASAKI Z900/50th Anniversary/SE
- エンジン:水冷4ストローク直列4気筒DOHC 4バルブ
- 総排気量:948cc
- 最高出力:125ps/9500rpm
- 最大トルク:10.0kgf・m/7700rpm
- シート高:800mm
- 車両重量:213kg
- 燃料タンク容量:17L
- 価格:114万4000円(STD)
- 121万円(50th Anniversary)
- 132万円(SE)
製品ページでは詳細情報がわかるほか、プラザ店検索により、モデルの展示状況・試乗・レンタルの予約が可能です。