【バランスを崩してリーンする。きっかけはプッシングステア】元MotoGPライダー目線でプッシングステアを考察する:02
フルバンクした後でも舵角を調整してハンドルはほとんどフリーにしない
前述したように、ボトム速度付近でフルバンク状態に持ち込み、最大の旋回力を引き出すのがセオリー。この瞬間、プッシングステア(イン側のグリップを押す力)を完全に緩めることも多く、これによりライダーは「力を抜き、セルフステアで曲がる」と感じることが多いようです。
実際、私もそうだったのですが、あらためて自分の操作を検証してみると、逆にアウト側のグリップを微妙に押し引きしているとか、イン側の力を緩めるだけでなく引いているときもありました。
バンク中はステップ荷重して左右の荷重バランスを調整
辻井さんの工学的な解説では、サーキットの速度域でステップ荷重がバイクに与える影響はとても小さく、体重移動で車体をバンクさせているわけではないようですが、ライダーは「ステップワークと重心移動で曲がり方を調整する」と感じています。
実際にはプッシングステアを多用していても、「ステップに荷重することで体重移動を繰り返しています。
最も鋭く曲がりたいポイントに向けて必要なバランスを取る」というイメージですね
思い通りに曲がらないと余計な力が入る悪循環に
例えば、思っているよりも早い段階でバイクが勝手に曲がろうとして、前輪が切れ込むようなハンドリング特性だと、不安や恐怖心を感じやすいはず。
これにより身体がこわばり、ムダな力が入ることで、適正な操縦がさらに難しくなるという悪循環にもつながります。
とはいえ近年の市販車には、そこまで酷いハンドリングの車種は見かけなくなったように思います
手のひらが痛くなるくらい強い力で押し引きする場合も
自分ではそれほど力を使っている感覚はないのですが、高速域で走るレースだと、走行後に手のひらが痛くなるほどグリップを押しています。MotoGP時代はテーピングをしてからグローブをはめていましたが、それでも3日間のマレーシアテストなどでは手の皮が剥けてしまうことが多く、これが原因でテスト走行できなかったこともあったほど……。
グリップの端はたいてい突起状になっていますが、あれが手のひらに喰い込むので、削ってもらったこともありました。
ボルトの締めが甘いとバーがズレることも
市販車の場合はストッパーを装備したセパレートハンドルも多いですが、レーサーの場合はフロントフォークにクランプしているだけ。
締め付けトルクが足りていないと、ライダーの入力操作で位置がズレてしまうことも……。
現代の1000ccの加速はしがみつくくらい力が入る
今回のテーマであるプッシングステアとは直接関係ありませんが、200ps超で電子制御が秀逸な現代のリッタースーパースポーツだと、コーナー立ち上がりの加速時にも、腕力や握力をかなり使っています。
頭の位置がズレるとバイクのコントロールは難しく、これは上下左右だけでなく前後も当てはまります。
加速で身体を後ろに持っていかれたくないので、意外とステアリングにしがみつくような瞬間も多いんです
コースによってはかなり強く入力して切り返すことも
オーストラリアにあるフィリップ・アイランド・サーキットの1~ 2コーナーは、MotoGPマシンだと300km/hオーバーから進入する超高速の右カーブから、大きく回り込む左ターンに切り返すのですが、この区間ではとにかくステアリングに強く入力していたことを覚えています。
そういえば当時の監督に、「(高剛性なアルミ製の)フレームがしなるのが分かった!!」と話したけど、信じてくれませんでした……
Column:「最低速度の領域でクルリと曲がる」を習得したのはMotoGPになってから
コーナーでボトム速度を落とし、一瞬プッシングを緩めると鋭く曲がれることに気づいたのはMotoGPマシンに乗るようになってから。
それまでは小排気量の2ストロークでレースをしていたので、コーナリング速度を全体的に上げるという走りが鉄則でした。鈴鹿サーキットのヘアピンカーブを攻略するため、データロガーも活用しながら編み出したのが最初。
そこから、「コンパクトに曲がり、鋭く立ち上がる」というビッグバイクの走り方ができるようになりました。
実は小排気量のほうが、ずっとステアリング操作している感覚です。