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【青木宣篤のサーキットスタイル】エキスパートの流儀:走行編③

例え同じようなバイクでも、例え同じようなペースでも、何かが違う。サーキット走行会で先導にあたるエキスパートライダーたちは、ただものではない。彼らはいったい何を準備し、何を考え、いかにバイクを走らせているのか。そしてライディングに対する向き合い方は、私たち一般ライダーと何が違うのか──。ハイパフォーマンスモデルをものともせず、自由自在に操っている青木宣篤さん。彼の「サーキットでの1日」を解き明かすと、そこには珠玉のヒントが散りばめられていた。

PHOTO/S.MAYUMI TEXT/G.TAKAHASHI
取材協力/スズキ 0120-402-253 
https://www1.suzuki.co.jp/motor/

立ち上がりの成功はブレーキングの成功である

多くのライテク記事では、「ブレーキング」「コーナリング」そして「立ち上がり」と区分けされている。そしてこの記事においても、便宜上同じように区分けをしている。だが、サーキット走行の実際は、それぞれがオーバーラップしている。そして、すべては立ち上がりのためにある。

「なぜサーキットを走るのか」という問いに対する答えは、人それぞれ異なるだろう。私の場合は、「挑戦」の2文字だ。バイクの限界に挑戦し、自分に挑戦したい。だから走りにピュアに集中できるサーキットを走る。 

では「挑戦」とは何かと言えば、少しでも速く走ることだ。具体的には、より大きくスロットルを開け、より長く加速することだ。 

それがうまくできなかった時は、ブレーキングを失敗しているということになる。逆にうまく行った時は、「立ち上がり」単体の成功ではなく、ブレーキングの成功なのだ。記事展開の便宜上、どうしても「立ち上がり」という別項目になるが、すべては密接に連携している。 

私の立ち上がりに関する最優先事項は、「スロットルを開けられずに待つ」という時間を極力減らすことだ。そのためにできることと言えば、ブレーキングしかない。

だから結局のところ、最大の頑張りどころであり、ライディングの成否を決めるのは、ブレーキング。これに尽きる。

立ち上がり

ブレーキングからコーナリングにかけては、全力でフロントタイヤと交信する。立ち上がりでは、リアタイヤとの交信だ。

いくらトラクションコントロールが効いていても、滑り具合を常に意識している。

全閉から全開に至るまでの時間がキモ

ブレーキをリリースした時点ではスロットルは全閉。そこからわずかな待ち時間があり、徐々に全開にしていく。

この待ち時間に、多くの人はスロットルを開け過ぎて、加速してしまっている。加速はバイクを安定させるからだ。

しかし思っている以上に加速しているので、アウトにはらんでしまう。特にパワフルなビッグバイクはスロットルの開け過ぎに気を付けなければ、失敗に終わる

全閉
全閉
全開
全開

立ち上がりでブレーキを残すことも

MotoGPでは立ち上がりでフロントブレーキを残すライダーもいる。フォークが伸びると旋回力が落ちるため、少しでもこれを抑える狙いだ。

空力パーツもブレーキも、ことごとく加速のためにある。

ビッグバイクの立ち上がりは難しい

盛り沢山の電子制御により、立ち上がりの安心感が増しているビッグバイクだが、やはり難しい。パワフルな分、ちょっとした開け過ぎでもオーバーランしてしまう。小排気量車はパワーがないがゆえに多少雑なスロットルワークも許容するが、ビッグバイクは慎重かつ繊細に。

減速できなければ加速してはいけない

今、私がサーキットを走る最大のモチベーションは、好奇心だ。バイクとタイヤというパッケージのポテンシャルに挑戦し、最後まで見てみたい。限界域では何が起こるのか、どんな景色が見えるのかを知りたいのだ。

長くレースを続け、世界でも走り、今もトレーニングを続けている。しかし、いつもライディングが思い通りになるわけではない。むしろ、うまく行かないことの方が多い。

ありがたいことに、サーキット走行会などで私の走りを見て「すごい!」と言ってくださる方は多い。しかし実は細かな失敗をこっそりと分からないように修正しているだけ。そういう引き出しは確実に多いと思うが、常に100%理想的なライディングができているわけではない。

雑誌の企画で試乗する時なども、もちろんセーブしている。でもやはり、失敗しない範疇の中ではあっても、「パッケージの限界に近付きたい」という思いがある。結局のところ、それが楽しいからだ。

バイクの場合、限界に近付くことはリスクを高めることと同意だ。これはタイヤがふたつしかない乗り物の宿命であり、スポーツの宿命でもある。「速くなりたい」「うまくなりたい」「でも、痛い思いはしたくない」と誰もが願う。だが、レースではどうしても痛い目は避けられない。

【振り返ることが次につながる】走行後は、自分の走りを振り返る。データロガーを活用してもいいし、頭の中で見直すだけでもいい。誰しも100%の走りはできていないはず。何がうまく行かなかったのかを自分なりに整理しておくことが、次回の進歩につながる
【振り返ることが次につながる】走行後は、自分の走りを振り返る。データロガーを活用してもいいし、頭の中で見直すだけでもいい。誰しも100%の走りはできていないはず。何がうまく行かなかったのかを自分なりに整理しておくことが、次回の進歩につながる

レーシングライダーは誰もが速くてうまいが、転んだことがない者はひとりもいない。ケガをしたことのないスポーツ選手がいないのと同じで、チャレンジは常にリスクを伴う。実際に私自身も、現役時代には多数のケガを負った。怖がりで慎重派を自認しているにも関わらず、だ。

現役を退き、多くの一般ライダーの皆さんと触れ合う機会が増えてきた今、リスクを減らすために明確に見えてきたことがある。それは、「ブレーキの量とスロットルの量は比例する」という方程式だ。減速した分、加速できる。逆に、減速できなければ、加速してはいけないのだ。

サーキットで私が考えているのは、ほぼブレーキングのことだ。ライディング以外のこだわりなども紹介したが、どれもブレーキングに集中するため、と言っても過言ではない。それぐらいブレーキングは奥深い。

一般ライダーの皆さんが痛い目に遭うのも、原因はほぼブレーキングミスだ。フロントタイヤの声を聞かずに、無理をする。減速し切れていないから、理想のラインを通れない。減速が不十分なのに、さらに加速する……。これらが手痛い結果を招く。

限界に挑むことは、スポーツライディングの醍醐味だ。そして限界に近付くためには、正しい道がある。「ブレーキの量とスロットルの量は比例する」。減速できるようになってから、好奇心を解放してほしい。その時こそ、終わりなきライディングの世界が待っている。

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